indexに戻る
作成:2006/08/02
更新:2015/04/23

3039年戦争 War of 3039



 第四次継承権戦争から10年、ドラコ連合国を星図から抹消すべく、恒星連邦とライラ共和国は連合になだれをうって攻め込みました。3039年戦争の始まりです。この戦いの主役となったのは、ドラコ連合の管領(総司令官)にして後の大統領、セオドア・クリタでした。彼は圧倒的な不利を跳ね返すべく、周到な準備を行い、一世一代の防衛作戦を成功させたのです。







インサイダー情報 INSIDER INFORMATION

 コムスターが連合との同盟を模索せねばならなかったまさにその時、セオドアが支援を強く必要としたという偶然の一致があったこと、またセオドアが首位者ウォータリーの欲求と要求を予言せしめたこと――は、ISFかO5Pがコムスターの内部深くに工作員を浸透させていたことを示唆する。実際に、セオドアが自由ラサルハグ共和国創設後にコムスターの怒りを静めた能力――コムスターとの協約に違えて、連合は多くの世界を維持し、直後にアルシャイン軍管区を作った――は、結社の中からのみ達成できるレベルの洞察力を示唆している。連合はそのような工作員がいることを一度も認めたことがない……といっても氏族侵攻後のクリタ家の行動――もっとも有名なのはウォータリーのスコーピオン作戦――は、このような示唆に信憑性を与えている。諜報員の正体は、一人存在したとして、明らかになっていない。

 当時の戦司教アナスタシウス・フォヒトがセオドアの工作員とする説がある。この二人の指揮官が友誼を結んでいたことが、数十年に渡る関係を示唆するのは事実である。だが、最初の接触が始まった3030年にコムスターは軍を持っていなかったために、この案はありそうにない。さらに可能性が低そうなのは、ウォータリー自身――あるいは後継者のディーロン司教、後の首位者、シャリラー・モリ――が密かにISFの諜報員となっていたことだ。ウォータリーとモリが連合国生まれであることを除いて、この推測に関する証拠は一切無く、またこのような考えを支持する人々は、ステファン・アマリスが地球帝国を奪い取ったときにアレクサンドル・ケレンスキーが協力したと信じていることが多いのである。最も信じられており、ありえそうなのは、司教のスタッフ数名――ルシエンかディーロンのスタッフと思われるが、地球の可能性もある――が連合の情報局に買収されたというものだ。真実は決して明らかにならないだろう。




海賊と王子 PIRATES AND PRINCES

 セオドアの最も議論を呼んだ決断は、ローニン戦争後にミチ・ノケツナをディーロン元帥に任命したことだった。ミノブ・テツハラ(第四次継承権戦争勃発の直前にウルフ竜機兵団と戦ったリュウケンの指揮官)の元副官であったノケツナは、無法者のグリーグ・サムソノフ元帥に復讐を果たすため、DCMS内の官職を辞していた。サムソノフによって汚された主君ミノブテツハラの不名誉を回復する活動で、ノケツナはバウンティーハンターを擬装するようになり、またこの役割の中で彼の行く先はセオドアの進路と交わった。管領はDCMSを再建するために同盟者を捜していたのである。セオドアのアドバイザーたちが反対したにもかかわらず、ノケツナは管領の近しい仲間のひとりとなり、ヤクザをセオドアの大儀に従わせるため、共に協力した。

 ノケツナのディーロン任命でライバルとなったのが、当時ヴァジリ・チェレンコフ元帥の下に仕えていたデクスター・キングスレーであった。 チェレンコフはローニン戦争で無法者となり、キングスレーに裏切られて倒された。この行動は反乱軍を無力化したが、キングスレーは管領への忠誠心からそれを行ったのではなく、地位のためであった。セオドアはこのような利己的な人物を軍管区の指揮官にするのは気が進まず、代わりに権力志向の薄い人物を選んだ。ノケツナは、彼が信じる限りでは、連合国が彼を必要としているから指揮をとっている。「年老いた海賊」は、DCMSの士官にとって人気のある選択ではなかったが、彼の戦闘、指揮能力(リュウケンで培われたもの)には疑問の余地がない。








3039年戦争 War of 3039

「勝利の後の幸福感は危険である。だが、もっと悪いのは傲慢になることだ。立ち止まって、考え、学ぼう」
――ユーリ・ジル、イスラエル戦闘機パイロット、六日間戦争

「竜はゴッターデンメルング(第四次継承権戦争、神々の黄昏作戦)で地に伏した。今回も奴らを蹴り飛ばしてやることになるだろう」
――キャサリーン・ヒーニー大将

 3039年戦争の意図は、シュタイナー=ダヴィオンが中心領域の覇権を握るためのノックアウトパンチであり、双子の首都ターカッドとニューアヴァロンを人類支配宇宙の紛れもない支配者とすることだった。カペラ大連邦国がすでに粉砕された状況において、この強襲――10年かけて計画された――で、同盟の支配に残された最後の障害物のひとつを取り除き、残った巨大勢力(分裂した自由世界同盟)を好きなように処分できるようになるはずであった。



同盟軍の準備 ALLIED PREPARATIONS

 奇襲となった第四次継承権戦争と違い、ドラコ連合に対する大攻勢が隠蔽されることはなかった。強襲を行うと敵に知られていたので、同盟軍は3028年〜3030年の戦争よりも少しだけ公然と準備を進めることが出来た。戦略的奇襲性が欠けていたにもかかわらず、国王も国家主席も戦術的奇襲性を犠牲にするのを望んでいなかった。そのために、両軍は毎年の演習を続け、時期と位置を変更して監視者を煙に巻こうとした。'32ガラハド作戦がドラコ境界域で実施された一方、'33フォージャー作戦はサーナ境界域で実施された。'34フォーティチュードはスカイア島で実施される予定だったが、スカイア反乱の政治的影響によって、この年の演習は中止となった。その一方で平静が戻ったのである。翌年、演習は再開された。

 軍事的な連携を容易にする改革のひとつが、同盟勢力の手によって実行に移された。それは、迅速に人員と物資を移動するべく設計された、一連の巡回航宙艦隊である。航宙艦が30光年のジャンプに必要な一週間以上の時間を待つことなく、船から船へと乗り移っていくのだ。半永久的な巡回艦隊が、第四次継承権戦争の前からターカッドとニューアヴァロンを結ばれており、このメインルートがゆっくり拡大していき、各地区の主星、重要な世界にまで及んだ。表面上は、「解放」されたサーナ境界域の統合と貿易を促進するものであった巡回隊ルートの大部分は、物資と人員を運ぶのに使われた――この航宙艦「ハイウェイ」ネットワークは、第四次継承権戦争のように商船の大規模な徴発を必要とせず、二国内への迅速な軍の再配備を可能としたのである。AFFSとLCAFの柔軟性を上げただけでなく、将来への戦争による経済的影響を最小化した。ハンスとメリッサは、第四次継承権戦争後の景気後退という困難をそれぞれ教訓としていたのである。

 ドラコ連合への攻撃は、そもそも3035年に予定されていた。第四次戦後に軍を再建する時間と、戦いから戦術的、戦略的な教訓を学ぶ時間を与えられていた。だが、スカイア反乱と続いて起こった政治的、経済的問題が、幾度かの延期に繋がった。LCAFとAFFSは余った時間で計画を詰め、何度もシミュレーションと演習を行って、攻撃を最大化し、DCMSの反撃に対する弱点を最小化しようとした。特に、複数連隊での交戦――第四次継承権戦争の特徴――にあわせ、かなりの時間を戦闘教義の強化に使った。共に戦う予定であった部隊の士官たちは、一連の交換プログラムを通して、互いの部隊の歴史、伝統、能力に明るくなった。強襲の多くは、LCAFとAFFSの混成軍に依存していたので、この連携は重要だと判明するはずだった。

 第四次戦のもう一つの教訓は、相当量の補給庫を建設し、部隊が再補給のために立ち止まることなく攻撃を続行できるようにすることだった。10年に及ぶ準備で、膨大な弾薬と消耗物資の備蓄が、各出発地点に確保された。そして各強襲部隊に、メック、弾薬、人員を運ぶ兵站輸送隊が同行し、強襲部隊は最高の戦闘状態を保てたのである。この戦略は、DCMSを守勢に回し続けるようなハイテンポな作戦が求められる侵攻計画に不可欠だったろう。古参兵とエリートからなる中核部隊が連邦=共和国強襲の急先鋒となり、前進し続ける。よくある、軍が二波に分かれて、互いに飛び越えていく展開様式は用いない。この戦術で各攻撃に必要となる部隊数が最小化された(そして攻撃できる世界数が最大化した)。しかし侵攻深度が浅くなり、予備部隊が最小限となったのである。この欠点は戦争中、連邦=共和国にたびたびつきまとった。

 訓練と計画立案に加え、同盟勢力は軍事技術の発展に多額の資金を用いた。ヘルムメモリーコアを使ったNAIS開発の新型兵器と装甲が、この紛争で初めて実戦配備され、攻撃側の射程と火力を相当に増加させた。同盟軍はセオドアとコムスターの秘密取引など想像もしていなかった。DCMSは同盟と似たような技術の、不安定なプロトタイプ、実験品でないものを得ていたのである。連邦=共和国は通信面でも優位を得ていると信じていた。各侵攻部隊の司令部に携帯式の「ブラックボックス」ファクスマシンを導入し、コムスターの信用できないサービスに頼らず、それを統制された行動に活用していたのである。残念ながら、このシステムは第四次継承権戦争で連合の手に落ちていた。よって、DCMSは"安全な"通信を傍受できたのである。同盟の通信がどれほど危ういものであったか、3039年紛争のあいだには明らかとならなかった。だが、戦後、連合が極秘情報にアクセスしていたのでないかとLICとMIIOは疑いを持ち、連邦=共和国の暗号に抜本的な変更がなされたのである。氏族侵攻まで、ブラックボックスネットワークがどれだけ浸透されていたかと、コムスターの背信は明らかとならなかった。



DCMSの準備 DCMS PREPARATIONS

 ダヴィオン家が第四次継承権戦争後(3031年、3032年)すぐに軍をDCMSに向けていたら、DCMSが優位に立つチャンスはほとんどなかっただろう。セオドア・クリタはコムスターと同盟して、先進技術を入手し、新たな軍を作ろうとしたが、装備は不足し、訓練された人員さえも足りなかった。LCAFとAFFSが被った続けざまの遅延は、セオドアに、人員を募集し、訓練する時間を与えた。新しい装備の使い方と、侵攻軍への抵抗に必要な新教義の双方が新兵に教えこまれたのである。

 セオドアと支援者の中核グループは、連邦=共和国の目標を推測しかできず、よって敵が何をしても対応できる柔軟な戦略を考案せねばならなかった。侵攻軍に正面から立ち向かったらDCMSは粉々になってしまうのをセオドアは知っていた――その後の演習でこの仮定は正しいらしいと証明された――よって、彼の立案と訓練は遅延行動を中心とした。こうすれば、侵攻軍は目的達成に余計な時間と労力を要し、また連合軍は適切に反応できる。これが技術と数で勝るAFFS、LCAFに効果的に対処する唯一の道であるとセオドアは気付いたのだ。

 彼はまた、同盟による襲撃を予想より代償の大きなものにするだけでは不十分であるとも気付いた。勝利を確かなものとするために、ハンス・ダヴィオンに戦争の前提すべてに欠陥があると確信させ、DCMSの戦力と有効性に対する情報と推測に疑問を持たざるをえない状況にせねばならなかった。セオドアとヤクザの同盟によって作られたユーレイ(ゴースト)部隊は、このペテンの一要素であり、またコムスターから得た技術が別の一例であった。しかしながら、これらだけでは不十分だった。従って、セオドアは連合を守る大胆な策略、オロチ作戦を立案したのだ。









第一波 WAVE ONE






共和国方面攻勢 COMMONWEALTH THRUST


アルタイス(4月〜6月) ALTAIS (APRIL-JUNE)

 第一波で行われたドラコ領内最も深くへの攻撃は、火山惑星アルタイスに対するのもので、第8ドネガル防衛軍「マッド・レスラーズ」がその急先鋒に立った。アルタイスは地域経済の重要地で、第2波、第3波の強襲の重要な足場となるのと同時に、共和国方面攻勢への援軍を妨げるのに不可欠だった。LCAFはこの世界を守るDCMSに関し、矛盾した報告を受け取っていた。公式には正規部隊は駐屯していたなかったのだが、非公式の報告は2個連隊が世界上にいるのを示唆していた。第8ドネガル防衛軍が降下船に乗り込んでいたまさにその時、2個傭兵部隊、第1ドラゴンスレイヤーズとグレイデス軍団が増援に加わった。ドネガル防衛軍の指揮官、ジャスティン・コバックが作戦の全指揮を持たされた。

 アルタイスの防衛軍に関する噂はすぐに事実だと確認された。管領の新部隊、第1、第2ゴースト連隊が惑星上におり、LCAFの侵攻に立ち向かった。コバッチはこの危機に対処すべく部隊をふたつに分け、グレイデス軍団にウィラス、ニューロスの重要な宇宙港を奪取するよう命じ、ドネガル防衛軍はゲインズの首都に向けて動いた。第1ゴースト連隊が宇宙港を守り、その一方、第2は首都を守っていた。ドラゴンスレイヤーズは予備部隊として軌道上にとどまった。

 4月27日、先陣の上陸と共に、マッド・レスラーズの戦役は首尾良く始まった。軌道上からの偵察により、第2ゴーストの本部がゲインズの西20キロメートルの位置にあるのが確認されると、コバッチは大胆な初手――第1大隊によるゴースト本部への高々度降下――を放つと同時に、RCTの残りは、べーカー大隊が確保したLZに上陸した。べーカー強襲チームが最初に突入し、エイブル中隊が降下する前に、ゴーストの多くを釣りだした。こうして、DCMS隊は陣地から離れ、準備不足な状況となったのである。コバッチの奇襲攻撃はゴーストの指揮系統をずたずたにし、連合連隊のかなりの部分を四散させた。LCAF連隊にとってはあいにくにも、第2のヤクザ戦士たちは強く独立しており、指揮官に全面的には頼っていなかった。第2ゴーストがマッドレスラーズの前身を押しとどめることは出来なかったが、ゴーストの戦士たちはライラ兵に高い代償を支払わせた。針で刺すような攻撃の連続で、ライラのベヒモスの戦役とコバッチの勝利は数週間遅らされてしまった。しかしながら、結局のところ、ゴーストは1個完全RCTと戦っていたのである。傭兵隊がその仕事を果たせば、戦役の結果は、けして不確かなものではなくなるはずだった。

 ウィラス、ニューロスの宇宙港確保を命じられたグレイデス軍団は、ドネガル防衛軍の二日後、アルタイスに降下した。グレイソン・カーライル大佐は、部隊を二手に分け、両方の目標を同時に攻撃することを選んだ。カーライル隊がウィラスを攻撃している間、副指揮官として行動していたデイヴィス・マッコールがニューロスへの強襲を率いた。ウィラスへのカーライルの戦闘降下はスムーズに行った――この都市は守られていなかった――のだが、マッコールの部隊は相当な問題に直面した……降下誘導装備の欠陥により、軽中量級メックの大半が意図していた降下地点を外れてしまったのである。兵士の多数がニューロスを外れ、第1ゴースト連隊の大規模な逆襲に直面すると、マッコール少佐は宇宙港の貨物地区内に部隊を引き、密集した防衛戦を作り出した。彼の分遣隊は連合の強襲を三度押し返し、それからこの戦いは両隊による長距離狙撃に落ち着いていった。だが、マッコールは時間が味方してくれないことを知っていた。待てば待つほど、ゴーストはさらなる援軍を呼べるのである。カレドニア人の伝統と気質を持つ彼は、祖先のように行動することを選んだ……ゴーストと交戦し、厳しい格闘戦を行ったのである。最初、傭兵隊の強襲はDCMS軍を押し返したが、すぐに連合の数的、技術的優位が働きはじめ、マッコール隊は圧倒される重大な危機に瀕したのである。この部隊は救われ、グレイデス軍団の有名な戦場での奇跡のひとつとなった――カーライル大佐は150キロメートルの強行軍を果たし、なんの疑いも抱いてなかったゴーストを叩き、撤退に追い込んだのである。

 惑星のむこうがわ、ゲインズ侵攻の準備をしていたコバッチ将軍はグレイデス勝利のニュースを受け取り、傭兵隊にDCMSの追撃を続けるよう命じた。衛星を通じてコバッチは、軍団の状況を尋ね、カーライルが部隊の能力に確信を示すと、ドラゴンスレイヤーズにゲインズ包囲を支援するよう命じたのである。カーライルは第1ゴースト攻撃の命令を認め、カーリンフォードの町まで追撃し、それから――コバッチの直接の命令により、納得できないながらも――逃げだそうとしていた時にDCMSの降下船を攻撃した。第1ゴーストの1/3は惑星を脱出し、部隊は再建に長い年月を費やしたのだった。

 ゲインズでは、第2ゴーストの攻撃が続いていたのだが、ドラゴンスレイヤーズの支援は、クリタ部隊にLCAFの勝利を妨げるために出来ることがほとんどないことを意味していた。にもかかわらず、第2ゴーストはコバッチとその部隊に少なからぬ挑戦を行った。戦役を終わらせる交渉と小規模な戦闘には数週間を要した。この間、参加者たちの戦闘能力は深刻なまでに低下した。5月16日、惑星政府が降伏し、第2ゴーストがドネガル防衛隊から離脱して、占領軍に対するゲリラ戦を行った。その後の6月13日、彼らはどうにか集結し、降下船で脱出したのだった。


ヴェガ(4月〜6月) VEGA (APRIL-JUNE)

 第四次継承権戦争でLCAFが挫折した数少ない地、ヴェガは共和国方面攻勢の軍事的、政治的な目標であった。LICは、この惑星を守っているのが、第14ヴェガ軍団と第5アンフィジーン軽強襲団(分隊)の二個部隊であると特定した。最高司令部は第3ライラ防衛軍(エバーソーデッド・サード)と第3ダヴィオン近衛隊に前者を任せ、傭兵のスノード・イレギュラーズ、第1グレイヴウォーカーズ、第17偵察(カマチョ機士団)にアンフィジーンの対処をさせた。LCAFはそれぞれにタスクフォース・スノウ、タスクフォース・ブリザードと名付けた。

 タスクフォース・ブリザードの傭兵隊が最初にヴェガにたどり着き、4月19日に上陸して、素早くナソー宇宙港を確保した。電撃的な強襲によって、この施設を守っていた歩兵、装甲の小規模な分遣隊を圧倒したのである。グレイヴウォーカーズと機士団は、ナソー(侵攻軍の補給にとって重要だった)に対するDCMSの反撃を食い止め、第5アンフィジーンの偵察を撃退した。だがアンフィジーンの第3大隊(フェンゴ・オルスコ中佐指揮)がタスクフォース・ブリザードに対する脅威となり、それまで予備となっていたスノード・イレギュラーズ(大隊戦力)がこの襲撃隊を狩り倒すために派遣された。

 4月30日、イレギュラーズ(出所不明の先進技術を装備)はオルスコの大隊とニューエジプト近郊で交戦した。 バンドリ荒野で続いた戦闘の間、イレギュラーズはアローIV間接ミサイルで敵を砲撃し、圧倒的に優れた放熱システムを活用して、先進技術と気まぐれな戦術を有効に使った。この攻撃は激しいもので、オルスコ中佐の部隊は40分以内に壊滅した。オルスコは最後には意識不明で負傷者後送用ヘリに縛り付けられることとなった。彼女の部隊はもう一週間耐え抜いたが、5月6日、アンフィジーンは持ち場を放棄し、軌道上にあがって、ヴェガが敵の手に落ちたことを宣言した。

 第14ヴェガ軍団(いまだ首都ニューカーソン周囲の塹壕に潜んでいた)は敗北を受け入れることを望んでいなかった。第四次継承権戦争で(第3ライラ防衛軍と同じく)ヴェガ争奪戦に参加したヴェガ軍団には、惑星を手放すつもりはなく、長い包囲戦に備えた。しかしながら、クリスティン・ノルディカ少将は継承権戦争の時よりもはるかに好ましくない状況にあることに認めていた。第14はかつての兵力の半数であり(当時は第2ヴェガ軍団がいた)、二倍の敵に対面していたのである。その上、エバーソーデッド・サードはかつての相手、パトリック・フィナンに指揮されていなかった(ノンディ・シュタイナーの幕僚として昇進)。第3ダヴィオン近衛隊の新指揮官、ハーバート・ホーバー元帥は第四次継承権戦争で華々しい戦果をあげた優秀な指揮官であり、3028年にヴェガ支配を困難にさせた軍事的優柔不断に陥りそうにはなかった。

 六週間にわたって、第14はライラの包囲に抵抗したが、第5アンフィジーンが逃亡すると、全3個傭兵団が第14の陣地に向かうこととなった。傭兵たちはティアーズ大砂漠からのDCMSの襲撃(この紛争で唯一成功していたDCMSの作戦)から王家部隊を守った。障害を取り除いた第3ライラは全戦力をニューカーソンに向けた。6月の第三週までに、DCMS部隊は状況が逼迫していることに気が付いた。共和国兵に鼻血を出させたにもかかわらず、ノルディカは、もし援軍が来たとしても自軍を救うには遅すぎることを認めた。彼女はいやいやながらヴェガの放棄を決断した。6月19日、第14軍団の一隻目の降下船が軌道に向かい、星系を離れていった。LCAFは6月21日にニューカーソンを占拠し、5日後に惑星の確保を宣言した。

 7月5日、ノンディ・シュタイナーはニューカーソンの政府施設に前衛指揮所を作り、作戦の達成と未来の成功を確信していることの証左とした。実際、惑星の確保を確信していたので、7月3日、シュタイナー将軍は第3ライラ防衛軍をヴェガからポート・モレスビーに移す許可を出し、第三波のバックミンスター攻撃に備え、修理と再武装を行わせた。同じく、カマチョ機士団もマルフィク退却が承認され、アルフェッカ解放に参加することとなった(後に中止)。最後に、6月11日、彼女はハーバート・ホーバー元帥を自身の幕僚に任命し、第二波を実行し、第三、第四波を計画する手助けをさせた。ホーバーの副指揮官、ジェームズ・シーモアがRCTの指揮官に名誉昇進した(国家主席によって昇進が確認されるまでの措置)。これらの決断は後に運命的なものであると証明され、いくつかの場合には、致命的なものであった。






ディーロン方面攻勢 DIERON THRUST


アセンライ(4月〜5月) ATHENRY (APRIL-MAY)

 計画立案者たちは、水で覆われた惑星アセンライを軍事的には価値がないとして無視していたが、管区首都ディーロンを孤立させ、敵兵士を逃がさないために、また援軍を防ぐ必要があることから、最高司令部はこの火山が多い世界を奪取するように命じた。ブルースター・イレギュラーズの2個連隊、第1894軽機隊と第21辺境世界共和国連隊が送り込まれた。彼らは惑星の群島を制圧するのに充分以上だと考えられた。

 機動力のある軽機隊は、星系についてから4日後の4月20日、エスパラー・アイランドチェインのリスボンの高地に着陸し、すぐに首都ニューセナを占領しに動いた。守備隊は形式的な抵抗後に降伏し、無言だが民間的なレセプションを受けることになった。一週間以内に、LCAFは惑星政府であるアセンライ議会にライラの軍行政官を就任させた。当初、地元の人々はライラの傭兵を遠巻きに見ていたが、5月半ばまでに心を変えはじめていた。ブルースター・イレギュラーズは連合のメディアが流していたような残虐行為にかかわらず、酒場の喧嘩で民間人が死んだ事件の後、ニューセナ警察署にアリス・ニコラヨーヴァ伍長を引き渡すことで、明白に司法制度を尊重する意志を見せたのだった。事件後、民衆は占領軍を単なる別の駐屯部隊として見始めた。悪い噂はささやかれ続け(この惑星上で活動しているISFセルが流したものである可能性が高い)、また各種の事件がエスパラー・チェインで起きたが、政治的にマイナスの効果は小さいままだった。軽機隊は地元の人間と関係を築き続け、DCMSによる逆襲に備えた。

 第21辺境世界連隊は姉妹連隊ほど強い関係を結べず、ズベッキス、ラーセン諸島の都市に分遣隊を送り、赤道近くの霧深いワンデッサ・チェインをパトロールした。5月9日、ワンデッサで第21は有名な交戦を行った。このとき市民軍のホバー装甲車両1個大隊が、ポート・リーシュの廃墟で傭兵部隊の1個中隊と交戦する決断を下したのである。海の遙か向こうから一撃離脱攻撃を仕掛けた市民軍は傭兵のバランスを崩し続けることを狙った。残念ながら、市民軍は、第21の気圏戦闘機が彼らの陣地に集まってくる速度を計算していなかったのである。彼らには隠れる場所はなく、容易に傭兵の航空中隊の餌食となった。反復爆撃で市民軍は破壊された。交戦が始まったときの約40両のうち、わずかに2両だけが沖合に戻ったのだった。この戦いで明らかとなったのは、イレギュラーズがアセンライの防衛隊と協力するのを望んでいる一方で、刃向かう者には大軍を持って制するということだった。


ナシラ(5月〜6月) NASHIRA (MAY-JUNE)

 第四次継承権戦争時に、ウェイとパロスの戦いで有名になったミッチ・ネルソン大佐率いる第11ヴェガ特戦隊のデルタ連隊は、5月1日、ナシラに到着した。合同軍がこの世界を目標にしたのは、第四次継承権戦争でケルハウンドがゲンヨウシャの司令部を襲撃して以来のことだった。ゲンヨウシャはもうナシラを本拠地とは呼んでいないが、守備隊は恐るべき評判を持っており、傭兵は彼らの手のひらの上で戦うことになると予想した。それを念頭に、第1連邦共和国RCTもまた強襲を任された。理屈の上では、上位部隊であるが訓練中の第1RCTよりも、戦闘で鍛えられたデルタ連隊が戦略の多くを決めることになるであろう。第1連邦共和国の指揮官、ミラ・トラン元帥はナシラ守備隊がもたらす脅威を軽視しており、よってデルタ連隊のネルソン大佐が求めたローガン・シティへの軌道降下は犠牲が多く危険であると見た。しかしながら、傭兵たちが第1RCTの作戦を妨げない限りは、自らリスクを取るのを大いに歓迎した。トラン元帥の副指揮官、フォンダ・デ・グリーア准将は、ネルソン大佐の指揮を望んだが、黙って上官に従う他なかった。

 ヴェガ特戦隊はローガン・シティの西、20キロメートルのところに上陸し、それに先駆けて第1大隊が軌道上から地表への降下を実施した。惑星守備隊の1個歩兵連隊と1個装甲大隊が、すぐにこれらの先陣と交戦したが、特戦隊メック大隊の脅威にはならなかった。DCMSの部隊が下船中の傭兵に襲いかかることが可能だったのを考えると、状況は悪いものになりえたかもしれない。50キロメートル南に上陸した第1RCTの状況はすぐに悪いものとなった。

 5月5日、第1RCTの降下船は宇宙港都市オガワの外に降下地点を確保することなく上陸した。自信過剰のトラン元帥は、オガワ守備隊がなにをしようと、部下たちが対処できると信じていた。トラン元帥はナシラ守備隊の決意を完全に見誤っていた。彼らは通常の戦術に加えて、建物を使ったブービートラップ、自動車に爆薬を積んだカミカゼ攻撃を行ったのである。トラン元帥の陣地に対する強襲は彼女を動揺させた。どう進めるべきか悩んでいるあいだ、兵士たちは輸送船から下りる際に撃ち倒されていった。オガワ港確保には5日がかかり、第1連邦共和国RCTのバトルメック8機、戦車26両、兵士211名が犠牲となった。守備隊の損害は不明であった。トランはすぐ降下船に乗り、上官と「協議」するため、出発地点であるイラーイに戻った。彼女が戻ってくることはなかった。デ・グリーア准将はRCTの指揮をとるために野戦昇進し、部隊の再建、ナシラ平定、DCMSの逆襲に対する防衛確立の責務を負った。

 5月、6月を通して、ゲリラ攻撃がヴェガ特戦隊と第1連邦共和国RCTの遭遇した戦闘の典型例となり、5月21日のローガン・シティ占領で頂点に達した。合同軍に対して大きな脅威となった攻撃はなかったが、狙撃と爆破による絶え間ない犠牲は、兵士たちの士気を侵食した。6月前半までに、ナシラの「容易な解放」は長引く血塗られた占領に取って代わったように見え、兵士たちは絶望し始めていた。これより悪くなることはないように見えた。






ベンジャミン方面攻勢 Benjamin Thrust


フェラニンII(4月〜7月) FELLANIN II (APRIL-JULY)

 サンドヴァル元帥のさらに疑問の余地の残る選択は、エリダニ軽機隊にフェラニンII攻略を命じたことである。第71軽機連隊と第21打撃連隊は強力な組み合わせだが、フェラニンIIにはその手腕で知られる古参兵部隊、第4プロセルピナ戦闘部隊がいた。軽機隊は確かに第4戦闘部隊を片づけることが出来るだろうが、AFFS最高司令部は、傭兵がフェラニンIIの征服を完了し、第二波のホマム攻撃の準備が出来るか疑ったのである。サンドヴァル元帥は、2個機械化歩兵連隊、1個装甲連隊の支援旅団を傭兵に与え、フェラニンII作戦の総指揮を、第71軽機隊指揮官、ウィリアム・ピーターセン将軍に任せた。

 ピーターセン将軍の強襲部隊は4月24日、フェラニン星系に到着し、6日後、惑星を叩いた。第4戦闘部隊(最初のAFFS兵が国境をまたいだ時から警戒態勢に入っていた)は、強襲に備えた。傭兵隊は上陸してすぐにペルディション、ベンダーズホープを占領した。かなりの規模を持つこの二つの都市は、最終目標地点に近い当面の作戦基地となった。次に彼らはフォート・ドラミンに向かった。ピーターセン将軍は重装甲隊に4個メック中隊を混ぜて、側面を守らせ、要塞に向かっていった。

 第4プロセルピナ戦闘部隊は数時間持ちこたえ、二番目の陣地に後退するまでに補給物資を移送することが出来た。ジロー・タカダ大佐は追跡するエリダニ軽機隊を罠にかけることを望んだのだが、ピーターセン将軍はゴーマンドへの撤退を許したのだった。傭兵は正面から前進したが、この時、ピーターセン将軍は第21打撃連隊の第7打撃大隊を長駆の側面攻撃に向かわせていた。軽機隊の本体がゴーマンドの西から都市防衛部隊と会敵するやいなや、アリアナ・ウィンストン少佐と第7打撃隊は西から攻撃を加え、アルバ川、イトス川にかかる重要な橋を確保した。その一方、軽機隊の戦闘機隊は発見したDCMS地上部隊を攻撃し、AFFS歩兵隊は都市内に入り込み、ブロックからブロックへと占領していった。タカダ大佐がこの戦略的に重要でない都市を守るチャンスはほとんどないことに気づくのにそれほど長くはかからなかった。よって撤退が命令された。しかし東と南の橋が損傷を受けるか破壊されていたので、DCMS兵は残った唯一の方向に向かっていった――ウィンストン大隊の正面である。第7打撃隊は出来るだけ長く踏ん張ったのだが、連合地上軍に前面から叩かれ、ジャンプして川を渡った戦闘部隊のメックに側面を攻撃されると、ついには退き、タカダが都市を離れるのを許したのだった。

 タカダは次の12日間撤退し続けて、軽機隊に土地を明け渡し、彼らの後方連絡線を引き延ばす一方で、連隊の大多数をまとめ、支援市民軍部隊と共に、ルチェーレ市内外に陣取った。ピーターセン将軍はタカダの行動を航空偵察で見抜き、メックを使って防衛戦線の弱点を探ることはせず、数日間、主攻撃に耐え抜いた。一方、タカダ大佐は悪天候を利用して、奇襲攻撃のために、間接砲と2個諸兵科連合大隊を移動させた。奇襲は5月21日に行われ、エリダニ軍を攻撃する代わりに、狙ったのは彼らの降下船と気圏戦闘機中隊群だった。砲撃がパーラントの空軍基地に降り注ぎ、その一方で、隠し陣地を出たドラコ連合のメックと戦車が南から疾走した。同時にタカダはルチェーレへの妨害攻撃に着手し、パーラントへの充分な援軍を送れないようにしたのである。

 パイロットと船員たちが炎の嵐の中で必死に離陸しようとする中、AFFSの装甲隊、間接砲隊、軽機隊の数個書兵科連合中隊は勇敢にも連合の攻撃を跳ね返そうとした。同時刻、ルチェーレ周辺の軽機隊は文字通り命をかけて戦い、第11、第17偵察大隊を離脱させようとした。最終的に降下船の多くはなんとか離陸することが出来たが、戦闘機はそう上手くいかなかった。第17偵察大隊が離脱するまで数時間を要し、彼らがパーラントに着いた時には戦闘は終わっていた。タカダ隊は、間接砲の大半と大隊分の装備を失い、撤退した。軽機隊の損害はこれを上回っていた。降下船3隻と1個航空大隊以上戦闘機が破壊されるか、行動不能となり、AFFSの2個通常大隊が全滅、軽機隊の1個大隊が破壊された。おそらく最も最悪の損失は、第21打撃隊の指揮官、ジャマル・フォーリヒー大佐を失ったことだろう。

 タカダ大佐は攻撃の手を緩めることはなかった。その夜、さらなる攻撃を仕掛け、いまだぐらついていた軽機隊主力を叩き、撤退に追い込んだのである。タカダの戦闘部隊は狂ったように追撃し、動くものすべてを撃った。第3大隊が北から傭兵隊の撤退を追う一方で、残り2個大隊はエリダニの戦線に浸透しようとした。だが、エドウィン・アミス少佐が前に出て、撤退命令を出したのである。アミスは第21打撃隊の指揮をとり、しんがりを組織して、戦闘部隊の浸透を押しとどめた。そして最終的には彼らの追撃を食い止めたのである。この夜、軽機隊は約200キロメートル撤退したが、夜が明けると落ち着きを取り戻し、新たな強襲の策を練った。

 翌日、アミスは第21打撃隊を率い、プロセルピナ戦闘部隊を立ち止まらせた。次の二週間で、両陣営は一進一退の攻防を繰り広げた。タカダは無視できない損害を受け始め、軽機隊の数的優勢の前に直面して再び退却することとなった。6月、タカダはピーターセン将軍を長期戦に引きずりこみ、それはフォート・ジンジローで終わった。ここは6月の前半、AFFSに占領されたが、タカダ隊が追い出したのである。この要塞からタカダ大佐は広い戦場の指揮をとり、必要なら戦いを引き延ばすことが出来た。

 タカダと戦闘部隊は防衛戦に満足せず、機動性の高い中量級メックを使って可能なときにはいつでも攻撃に出た。だが、結局、軽機隊の火力の前に持ちこたえることは出来なかった。タカダは軽機隊の大隊を孤立させ撃破するために、三度に渡る急機動を行ったが、傭兵隊は常に戦線の保持を成功させ、最悪の事態になるのを防いだのだった。7月18日、タカダが四度目の攻撃を行うと、ピーターセン将軍は新たに昇進させたアミス大佐と第21打撃隊をフォート・ジンジローの奥深くまで送り込み、連合の戦線をうち砕いた。

 フォート・ジンジローをかけた最後の戦いは丸四日間続いた。その結果、要塞は事実上倒壊し、両陣営のメック100機以上が修理できないほどの損傷を受けるか、破壊されて横たわり、連合軍は消滅していた。ごくわずかな生存者は7月21〜22日のうち荒野に隠れた。残った全員は始末されたが、ピーターセン将軍は念のため、パトロールのスケジュールを緊密に組んだ。






第一波におけるその他の作戦 OTHER WAVE ONE ACTIONS


ライラの作戦 LYRAN OPERATIONS

 ライラ共和国は、連合領への侵入に注力していたが、DCMSのバランスを崩し続けることが必要だと理解しており、特に、アルシャイン、ペシュト軍管区の兵士たちを釘付けにする必要があった。そうするために、LCAFはDCMS兵が他所に再展開するのを妨げようと(無駄に終わったが)、数個傭兵部隊を使って、中立の自由ラサルハグ共和国(FRR)を通過した一連の襲撃を仕掛けた。

 最も無謀な攻撃は、主強襲が始まる一ヶ月前の3月12日、キラービーによって行われた。ビーは4月17日にポルチェニーゴ、4月29日にルザーレン、5月18日にマーシュデール、6月6日にテニエンテを叩いた。彼らは遭遇した通常兵力の駐屯部隊にかなりの打撃を与え、受けた損害はごくわずかであった。この作戦の白眉は、特殊部隊の歩兵たちがポルチェニーゴでインベーダー級航宙艦を捕獲したことである。傭兵たちはDCMS部隊が集まっているところを避けるため、LICの諜報に大きく頼っていた。そのような部隊のひとつにぶつかったら、彼らの前進は止まっていたかもしれない。ビーの仕事は、大規模な軍隊として活動することではなく、DCMSと連合市民に恐怖を与えることだった。彼らの進路は管区首都ペシュトに向かっていたのである。

 近年、軍事の専門家たちは、この進路には意味がなかったのではないかと疑っているが、DCMSがペシュトとルシエンを守るためにアルシャイン兵士を動かしたことで、侵攻軍に対して使えなくなったという事実は動かしようがない。一部のコメンテーターたちは、単に第1、第7〈光の剣〉連隊のような熟練した部隊を解放し、セオドア・クリタの逆襲に使うため、再配置を行ったのだと示唆している。この時期のDCMSの記録は公開されておらず、よって連合の軍事計画を明らかにするのは不可能である。近年、ツカイードでFRRの公文書が公開され、この時期、ラサルハグ議会で一連の討論が巻き起こり、選定公から国家主席に対し、ライラが自由ラサルハグ共和国の中立を破ったことに対する外交的な抗議があったことが明かされている。

 LCAFは最終的に陽動作戦を放棄し、6月27日にカリパレを攻撃していたキラービーを呼び戻した。DCMSが逆襲に着手したその時、傭兵部隊はこの世界に残った。だが、カリパレから撤退する間でさえ、「絶好の目標」であるイタビアナ(6月19日)、ソヴェルゼネ(8月2日)、クールシュヴァル(8月16日)を叩き続けた。8月29日、共和国を横切って戻ったビーは、FRRからの外交的な抗議の第二ラウンドを引き起こした。これに対し、LCAFは傭兵の契約が1日前に期限切れだったとして身をかわした。この裏側では、ライラの最高司令部がかなりの額の成功報酬を傭兵に払う許可を出していた。支払いはキラービーがタマラーに到着した9月下旬にされたのである。

 キラービーによる作戦を補ったのは、聖キャメロン騎士団の二方面作戦で、傭兵の基地があるドメイン、ラスタバンからFRRを通って行われた。第1騎士団はアルドス(4月19日)、キアンバ(5月2日)、メレン(5月19日)およびバルドル(6月3日)を攻撃した。最後の強襲は前線部隊がいなかったことを考えると驚くべき強固な抵抗にぶつかり、第1騎士団は目標を達成したにもかかわらず、DCMSの逆襲がある前に、共和国への呼び戻しをLCAF最高司令部に請わねばならなくなった。第2騎士団の強襲はもっと無謀なもので、連隊を大隊規模の襲撃隊に分け、エギーユ、カルドレアの間の世界を叩き、それから5月19日、シロトリで結集して一個連隊に戻った。この強襲は第5アルシャイン正規隊を束縛するという任務に成功した。トロロック・プライムへの二度目の強襲(第11アルシャイン正規隊が第二波のバックミンスター強襲に関与できないように拘束するもの)は、6月17日に行われた。だが、このとき、騎士団はDCMS兵と殴り合うことはなく、基地がほぼ空であるのを見つけ、すぐに蹂躙した。その理由は、第11アルシャインが共和国宙域を襲撃しているとの噂が出た時に明らかとなった(以下参照)。7月中旬、騎士団はトロロック・プライムを離れ最終的な目的地、バックミンスターに向かう準備をした。そこで彼らは先導隊となる予定であった。攻撃命令が下ることはなかった。その代わり、騎士団の両連隊は6月29日、DCMSの逆襲を食い止めるべくポート・モスビーに召喚された。


DCMSの作戦 DCMS OPERATIONS

 DCMSはライラの侵攻に対抗する多数の緊急プランを持っていた。最初のライラ侵攻軍が国境をまたぐとすぐ、DCMS最高司令部はそれらのプランを発動し、連合内部の危機にない世界から兵士たちを逆襲の可能な位置、あるいは敵の侵略に対抗できる位置に持っていった。キラービー、聖キャメロン騎士団(少なからぬロキの工作員を伴っていた)などの任務は、ある程度、DCMSの援軍の動きに影響したが、DCMSはたいていこれら蜂の一刺しを無視し、大局を見据えていた。それでもDCMSはライラ共和国、恒星連邦に対する襲撃を実行に移した……ドラコ領への強襲に使われる予定の兵士たちの注意を逸らすか、あるいはLCAFとAFFSの補給庫を捕獲できるかもしれないことを望んでいた。これらの襲撃は来るべき合同軍の強襲に先んじて行われた。

 逆襲襲撃でもっとも有名なのは、ディーロンから着手されたリュウケンによる地球回廊の世界へのもの(以下参照)であったが、同じく重要だった攻撃は、第4アーカブ軍団と第11アルシャイン正規隊によるものである。両部隊の攻撃はトロロック・プライムから行われた――第4アーカブはガンショーレン、オールドハウス、アークトゥルスで共和国方面攻勢の補給線を危機に陥れ、第11アルシャインは、サイミントン、イェド・ポステリオル、アレクサンドリアに向かった。これらの攻撃は物質的損害をほとんど出さなかったが、補給線を確保し、襲撃隊を狩り倒すため、LCAFにかなりな資源を使わせたのだった。さらに共和国内にDCMS部隊が存在することは、戦争の成功に対する懸念を引き起こし、それはオロチ作戦によって最大限にまで拡大したのである。


地球回廊での作戦

 合同軍の侵略の規模がDCMSを圧倒していたことにほとんど疑いの余地はない。この事実は、4月にタカシ・クリタが出した命令「いかなる犠牲を払っても死守せよ」で確認される。連合の上級指揮官たちは、敗北を認めないかのような命令を受け取り、一瞬であるが愕然とした。だが、管領が侵略に対処する統制された計画を全力で立てていたまさにその時、ディーロン管区に任命された新しい指揮官たちはAFFS/LCAFの合同強襲を緩めるべく、兵士たちを動かしていたのである。

 ミチ・ノケツナ元帥は連合の典型的な士官ではなく、作戦に不可欠なリュウケン連隊の指揮官たちもそうであった。彼ら士官たちは、これを最高のチャンスであると見た。不遜にも大統領の命令を柔軟に解釈して防衛を行ったのである。DCMSがライラ共和国への深襲撃に着手する前に、またオロチ作戦が発動される前に、ノケツナはディーロンのリュウケン連隊を地球回廊への襲撃任務に送り込んだ。幸運を得たこれらの一撃離脱攻撃により、ハンス・ダヴィオンとメリッサ・シュタイナーはそれ以上のディーロン侵攻をあきらめることになった。

 4つの世界に対する攻撃は、合同軍の指揮官たちを驚かせた。カフへの攻撃はリュウケンにとって災厄になりかけたが、ニューアース、プロキオン、特にサフェルへの攻撃は非常に上手く行ったのである。



ニューアース(5月) New Earth (May)

 ノケツナによる積極的防衛の最初の目標になったのはニューアースであった。驚くことではないが、この世界の防衛力は低下しており、連合軍の攻撃に抵抗できたのは、惑星市民軍と、傭兵が大半のニューアース貿易会社(NETC)保安部隊であった。ジョンソン大佐とリュウケン・ニは、NETCの守備隊を手早く片づけ、工場に向かっていった。NETCは主に戦闘車両を製造しているのだが、その倉庫には数千トン分の武器、弾薬、装甲があった――これらはディーロンの補給庫から驚くべき速度で消費されていたものだった。ジョンソンはすぐ支援部隊に持っていけるだけ持っていくように命じ、その間、惑星上の軍事目標すべてを攻撃して、4日間の徹底的な作戦でニューアース市民軍をほぼ殲滅した。この過程で、リュウケンは相当数の降下船を捕獲し、NETCと市民軍兵器庫から「解放」した約4000トン分の輸送するのに使ったのである。

 彼らは素早く撤退し、その直後、シェンホットヘッズ(LCAF最高司令部によりソーリンから派遣された)が星系に到着した。この傭兵隊は戦争のあいだそこにとどまった。



プロキオン(5月) Procyon (May)

 リュウケン・サンは姉妹連隊と共にディーロンから直接ニューアースにジャンプしたが、航宙艦がドライブへの再充電をするとすぐにプロキオンへと進んだ。カンサ大佐は、ニューアースのジョンソンよりも多くの時間をこの世界で費やした。だが、それはこの世界が重要な目標だったからではない。カンサ大佐は市民軍が与えてくれる以上の戦闘を求めていたのである。5月18日、第5ライラ正規隊がリュウケン・サンに約二週間遅れて上陸し、まさしく彼が求めていたものをあたえた。カンサはあらゆる意味で第5正規隊を圧倒し、クリーゲン郊外の悲惨な衝突の後で、メック1個大隊分を捕らえた。

 ジョンソン大佐がプロキオン星系に到着して数日後、カンサ大佐は攻撃を中止せねばならなかった。リュウケン・サンは5月24日にこの世界を離れ、ついにカフへと向かった。



カフ(6月) Caph (June)

 カフはリュウケンの目標となった三番目の世界であった。恒星連邦、ライラ共和国の重要な交易路となっているカフは、恒星連邦による地球回廊防衛になくてはならない世界でもあった。通常、AFFSは1個連隊戦闘団をこの世界に駐留させている。DCMSの諜報部は、戦争の遙か前から第3南十字星部隊がカフにいるとしていたが、3038年後半から3039年前半にかけてさらなる部隊がカフにやってきたと思われるとの情報は、開戦の混乱によって、ノケツナと幕僚たちには伝わらなかったのである。よって、アスワン市の郊外に降り立ったイエサビュー・ジョンソン大佐(リュウケン・ニ指揮)、ノリタケ・カンサ大佐(リュウケン・サン指揮)は、2個RCT――ダヴィオン強襲近衛隊、第33アヴァロン機兵隊――が惑星の反対側にいたことを知らなかった。加えて、これら部隊と共に、ウルフ竜機兵団(10年前のミザリーでの損失から再建途中)がいた。

 2個リュウケン連隊は、首都外縁部の巨大な軍事基地、アスワン軍用地を二方向から攻撃し、当初は守っていた第3南十字星部隊を圧倒した。だが戦闘開始から三時間後、リュウケンは数十隻の降下船がやってくるのを観測した。1個強襲近衛隊旅団と、ウルフ竜機兵団のほぼ全隊(約10個メック大隊)が、リュウケンを包囲し、捕らえた。双方が優位を競ったため、戦闘は数日に及んだ。カンサ大佐は2個連合リュウケン大隊を率いて、ブルンネル(何世紀も前にほとんど住めなくなった大陸)に隠してあったAFFS基地への大胆な強襲を行った。アヴァロン機兵隊がそこにはいたが、放射能を帯びた荒野に移動を制限された。リュウケンはこの危険な環境をものともせず機兵隊の基地と施設に大打撃を与えた。この大胆な行動によって、リュウケン全隊はカフから引き上げるだけの余裕を与えられたのである。彼らは損害を受けていたが、回復出来るものだった。



サフェル(6月) Saffel (June)

 サフェルはノケツナによる地球回廊襲撃の、四番目にして最後の目標だった。リュウケン・ニ、リュウケン・サンはカフでの不慮の罠からかろうじて逃れたところだったが、それにもかかわらず、サフェルでどのような防衛部隊と直面しようとも戦う準備が出来ていた。だが、サフェルには大規模な守備隊も、強力な市民軍もおらず、ほとんど守られてなかったのである。2個リュウケン連隊は志願兵の2個市民軍連隊から世界の支配権を奪ったが、その成果をノケツナ元帥に報告すると、この世界に残り、龍のためにこの世界を得るよう命じられたのである。管領はすでにオロチ作戦を認可していた。逆襲は実行に移され、2個リュウケン連隊の奮闘は、この作戦の最初の成功となったのである。






影の戦争 SHADOW WARS

ISFの戦争

 戦争開始時から不正規活動は3039年戦争の中心であった。連合は侵略者の前進を遅らせるために、ISF(国家公安隊)を使って反乱を煽り、治安の維持にかなりの資源を使わせた。この任務に適しているような侵攻軍の兵士はほとんどいなかった。これらの衝突によって、同盟軍兵士が拘束されたのに加えて、占領軍と住民の間に暴力と対立の永久サイクルが作られたのである。基本的な権利であるところの穏やかな抗議と行進から、狙撃、自動車爆弾までのすべてが、ISFが後援するゲリラ活動のツールとなり、侵攻軍の士気を低下させると同時に、占領されている惑星で市民の愛国心を燃え上がらせた。ある時点までISFの活動は軍事的に重要でなかったが、士気とメディアに対するインパクトは無視できないものであった。一部の世界で、ISFは同盟軍(ライラ=ダヴィオン)の激しい報復攻撃を引き起こそうと務め、その詳細を報道陣にリークして同盟の評判を落とすことが出来た。

 ISF工作員とDEST兵は、軍事的に重要な作戦を数多く行った。彼らは多数の世界で指揮人員と補給庫を狙い、同盟軍の作戦継続能力を阻害しようとした。戦争が始まってからの数ヶ月、これらの攻撃は故意に組織だってないもので、同盟軍の最高司令部はDCMSとISFが難題に直面しているのだと信じた。実際には、ISFの組織だってないかのように見える活動は、連合の世界を占領している者たちに安全だという嘘の感触を与えるための策略だったのである。3039年7月、ディーロン軍管区のニンユ・ケライが組織化したISFの攻勢は、突如として痛烈な段階へと移行した。この壮大な作戦は、戦争の行方を変えるものとなったようである。確かに、同盟は連合の作戦プランに対する先入観を見直さざるを得なくなったのだ。

 ヴェガのLCAF指揮スタッフにとって、6月12日はいつも通り始まった……といっても、この日、ノンディ・シュタイナー将軍は、ディーロン軍管区のコアワード地区に対する共和国方面攻勢第二波を発表する予定だったのだが。将軍の幕僚たちが一堂に会したその時、DEST兵が議場を襲撃し、同時にISFの工作員が惑星中の主要な軍事施設、通信施設に対する破壊活動を行った。ヴェガ政府センターの真上に勇敢なパラシュート降下を行ったDEST兵の分遣隊は戦ってビル内の道を切り開き、同時に二番目のチームが建物の外にラペル降下した。前者のチームは強硬な抵抗に遭遇したが、これは予想通りのもので、ライラ護衛隊の注意を完全に引きつけた。二番目のグループは注意を引くことなく会議室に押し入り、シュタイナー将軍と上級士官たちを撃ち倒した。護衛たちは素早くDESTチームを無力化したが、この攻撃は本質的に共和国方面攻勢の息の根を止めたのである。連合にとってさらに幸運だったのは、負傷しなかったわずかな士官たちの大半が、(第四次継承権戦争で成功した)ダヴィオン流の軍事改革に反対していた「守旧派」だったことである。これら生存者たちで最も重要な人物は、共和国方面攻勢、ヴェガ防衛の事実上の指揮官となったキャサリーン・ヒーニーであった。ただちに彼女は、第四次継承権戦争前にLCAFのアキレス腱となっていた「大きいことは良いことだ」の正面強襲戦術に立ち返った。その瞬間から、LCAFの3039年戦争への参加は危うくなった。ライラの前進は失速し、すでに得ていた土地を失うという重大な危機に瀕した。



黒猫 BLACK CATS

 ドラコ連合には、スピリットキャッツ、あるいはネカカミの名で知られる秘密組織の噂がある。関与していないスパイ行為、破壊工作、殺人でもよく名の上がる彼らの恐ろしい評判はそれを受けるに値するものである(ネカカミのエージェントは作戦の際に折り紙の猫を残し、その「サイン」とする)。古代地球のシノビ(一般にニンジャと呼ばれる)とのつながりを持つネカカミは、連合社会から距離を置き、ISF、貴族に睨まれているが、それにもかかわらず、敵を始末するために彼らのサービスが切望されるのである。一部では、セオドア・クリタが第四次継承権戦争の際にスピリットキャッツとコンタクトを取り、3030年代に協定を結んだと言われている。

 多くの歴史家がネカカミは(ヤクザの活動員と共に)3039年戦争で情報収集の分野でクリタ家のために重要な役割を果たし、そしてスピリットキャッツは連合の国境外で危険な機密任務を行ったと推測している。決定的な証拠はまず存在しないが、ネカカミのスパイたちは紛争中にニューアヴァロンで活動し、人づてにルシエンまで情報を届けたとされている。ネカカミの工作員はターカッドで確実に活動しており、6月12日、元国家主席カトリーナ・シュタイナーが娘の玉座で折り紙の猫を発見して、その存在を肯定した。病身のカトリーナが取り乱したとメディアは大げさに書き立てたが、この発見によりセキュリティはロックダウンされ、スピリットキャットの一人がどのようにトライアド(行政地区)と王宮に侵入し、謁見の間のバトルメックの番兵をやり過ごしたのか調査が開始された。紙で折られた猫にはカトリーナへのメッセージが書かれていた。「我らは貴君と貴君の娘のところまで行くことが出来る」。メリッサ国家主席と子供たち(特に9歳のヴィクターと6歳のキャサリン)の警備は三倍にされた。カトリーナ自身は警備隊の増強を拒絶した……このことは、3040年の彼女の死に連合が関わっているとの有名な陰謀論の論拠になっている。


LIC、MIIOの戦争

 LIC(ライラ諜報局)とMIIO(恒星連邦情報諜報省)は、目標となった世界とDCMS部隊の移動に関する情報を収集し、戦争で重要な役割を果たした。このふたつの情報組織はルシエンやニューサマルカンドのような世界の情報収集チームを強化した。これらチームは暗号化されたHPGメッセージで共和国、恒星連邦に情報を送信するか、あるいはもっと繊細なケースでは、自由ラサルハグ共和国を通して連合からメッセージを持ち出した。この時点で、コムスターがライラ共和国、恒星連邦と低強度紛争に入ったため、どちらの国家もHPGネットワークを通しての重要な通信を望まなくなった。ロキとラビッドフォックスはこの紛争でより直接的な役割を果たし、ディーロンでの活動のように、惑星防衛隊の間にパラノイアをばらまくことを目的した。これらハイレベルの工作員たちは必要とされた時、汚れ仕事に従事した。彼らはバックミンスターのファン・マイター公爵暗殺をもくろみ、後継者たちが後釜を争っている間、第二波の目標となったこの世界に政治的混乱を引き起こしたのだった。加えて、MIIOは国境の惑星多数で反乱を煽り、目標となった惑星に「自由の闘士を支援する」ため、傭兵隊を送り込んだ。

 LIC、MIIOの活動に対する戦後の評価は、その有効性に疑問を投げかけているが、この失敗の背後には、DCMSの反撃の規模を見誤ったことと、セオドアが捨て身で反撃を行ったことに留意せねばならない。戦時中、ディーロンや他の場所での作戦は真の恐怖と混乱をまき散らした。もし、諜報部が注意を逸らされることなく、もしくはDCMSの真の戦力がわかっていれば、同盟はこれを利用できたことだろう。多くの点において、3039年戦争は軍隊というより意志の戦いであった。セオドア・クリタの大胆さがハンス・ダヴィオンのやる気と決意と対決したのである。両首脳は諜報部に頼っていたが、セオドアが敵の力と弱点を知り抜いた上でゲームを行っていた一方で、ハンス・ダヴィオンは諜報の失敗とコムスターのDCMS寄りの密かな介入によって、片目をつぶった状態となっていたのである。



うわさ話: ブラックボックス・テクノロジー SECRET WHISPERS: BLACK BOX TECHNOLOGY

 シュタイナーとダヴィオンが協定を結んだ後、ターカッドとニューアヴァロンが守った(コムスターからよく隠された)最も重大な秘密のひとつは、いわゆるブラックボックス・テクノロジーであった。これらの通信装置は、カトリーナ国家主席が短期間辺境を放浪していた際に発見したもので、ライラでは長い間、極秘の科学的研究の中心であった。恒星連邦との同盟により、NAISの優れた力を使って、これら価値ある装置の分析とコピーが出来るようになった。ブラックボックスの正確な起源はわかっていないが、26世紀後半に行われたFTL通信の実験の一部であり、27世紀初期、ニコラス・キャメロンの時代に、HPGシステムの採用によって廃棄されたものと考えられている。SLDFの研究者にとって、この低速でさほど高度でない技術は行き止まりに入ったように見えていた。ただし、HPGに比べて小型軽量であったことは事実である――一般的なブラックボックスは、メックサイズの電源をのぞけば、大きいブリーフケースよりやや重い程度のものだったのである。LCAFと同盟国にとって、ブラックボックスは神の恵みであった。

 3027年11月、(NAISと連携した)軍事通信局は、ブラックボックスに恒星間通信の能力があることを実証して見せた。次の数ヶ月で、60台以上の装置が組み立てられ、重要な部隊、指揮所に分配され、AFFSとLCAFがコムスターの目を盗むのを可能にした(カトリーナ国家主席もハンス国王もコムスターを信用していなかった)。第四次継承権戦争はこのマシンの価値を証明した。HPG送信よりも稚拙なのだが(当初は古地球のファクスのように単純な画像しか送信できず、「ファクス・マシン」のあだ名があった)、ブラックボックスに組みこまれた技術は、軍事上の命令をやりとりするには充分以上だったのである。

 この技術が敵の手中に落ちるのを防ぐために、各ブラックボックス(公式にはKシリーズトランスミッターと呼ばれた)は、追跡装置と自爆用の爆薬を備えていた。LICとMIIOはこの装置を厳重に監視し、移動の責任を負った。第四次継承権戦争中に装置のいくつかが失われたが、自爆を確実にする安全策を鑑みて、ドラコ連合の手に一台が落ちたなどと疑う理由は同盟になかったのである。

 3039年戦争において、同盟は通信のセキュリティを無視したりはしなかった。3030年以降、敵がセキュリティを破った場合を考え、常にブラックボックスの通信を暗号化していたが、スタッフのやる気は乏しく、常に厳重に守られていたわけではなかった。これらのささいなミスによって、連合は同盟の暗号を破り、彼らの「安全な」通信を読むことが出来た。3039年戦争後、数台の装置が敵の手に落ちたことに気づいた時、同盟軍はブラックボックスの通信を守るのに二倍の労力を払った。3051年、連合はついにブラックボックスの保有を明らかにしたのだった。

 一瞬で50光年先にメッセージを送信するHPGとは異なり、ブラックボックスの発進する信号は「波紋」のようなゆっくりとした速度で超空間内を伝わっていく(星間連盟の技術者はこの現象によりKFドライブ、HPG通信が阻害されるかもしれないと考えた。よってSLDFはこの技術を放棄したのである)。最初のブラックボックス(カトリーナ・シュタイナー、アーサー・ルフォン、モーガン・ケルによって発見された、いわゆるK-0シリーズ)により送られたメッセージは、一日あたり10光年を進み、最大到達距離は約100光年だった。各データパケットは200キロバイトまでの画像、データに制限されていた。この制限は装置の耐用年数を守るためというのが主だった。第四次継承権戦争で使用された(そして連合に盗まれた)K-1生産モデルは、一日あたり約25光年の通信速度で、最大到達距離は約200光年だった。LCAF、AFFCによって3039年前に登場したK-1Aは最大距離を450光年まで伸ばしていたが、速度の向上はなかった。K-2シリーズ(3042年登場)は一日あたり約50光年のスピードを持ち、またDCMSの立ち聞きを最小化するためにハードウェア的な暗号化がなされている。3048年登場のK-4はブラックボックス技術の革命で、運用速度を一日あたり100光年前後、運用距離を600光年とした。K-4は数メガバイトのデータパケットを送信可能で性能を上げているが、テラバイト規模のHPGには劣っている。K-5、K-6ブラックボックスの仕様は機密扱いのままであるが、両方の装置が、中心領域のどこにでも一週間でメッセージを送信可能であると推測している。







第二波と反撃 WAVE TWO AND COUNTERATTACK

 3039年戦争における第二波の意図は、同盟軍の支配宙域拡大と、初期の強襲で迂回した数多くの世界を吸収し、すでに獲得した領土の支配を強化する事であった。ディーロンのような鍵となる目標は激減した……といっても、DCMS防衛網の要石が減少するまで第三波を待つことをLCAFとAFFSは計画していた。しかしながら、セオドア・クリタには別の考えがあった。同盟軍が侵攻の続行に備え、息継ぎをしたまさにそのとき、攻勢移転したのである。攻撃の最も劇的な要素は、DESTがLCAF上層部(共和国方面)の首を狙ったことだった。司令部への攻撃でノンディ・シュタイナー将軍が重傷を負った後、侵攻の指揮権は想像力不足の部下の手に渡り、セオドアの手の上で踊ることとなったのである。他方、同盟軍の前進を事前に阻むべく、妨害攻撃が実施された。多くの世界でDCMSは大規模な反撃を開始し、諜報工作員、ISFの煽動した暴動と連携したのである。

 共和国方面攻勢では、キャサリーン・ヒーニーが戦域指揮官としての実権を握ったことが、技量と鋭さよりも重量と火力を信頼する「古流戦術」への迅速で破滅的な回帰をもたらした。ヒーニーの指揮下でLCAFはすぐに主導権を失い、守勢に回っていることに気がついた。ディーロン周辺においても、ヴァネッサ・ビスラ元帥は強襲を受けていることを知った。DCMSはこの地域に〈光の剣〉連隊とゲンヨウシャを組み込み、ヴェガ方面のLCAFへの攻撃よりも強力な反攻を行った。ビスラ元帥は自発的に世界のいくつか(彼女が優先的に獲得した世界)を放棄して、領土的損失を最小化し、軍の隊形を守ろうとした。ディーロン方面攻勢では、最終的に、第二波の目標の約半数が達成されたが、第一波で得たものを全て犠牲としたのである。

 ゲイルダンとベンジャミンにおいて、AFFSは仲間のライラより少しだけ上手くやった。ジェームズ・サンドヴァル元帥とアーダン・ソーテック元帥は、第二波の目標に攻撃を開始したが、ドラコ連合の反撃に驚き、一時的に活動停止したのである。ゲイルダン、ベンジャミン戦役は、その一撃から回復することがなかった。主導権の喪失はAFFSに凄まじい犠牲を強いた。だが、ハンス・ダヴィオン国王の動揺がさらに犠牲を増やすこととなった。連合の持つ予備兵力の規模が不明な状況で、彼は第二波諸作戦の一時凍結を命じ、全連隊、RCTをその場にとどめた。そのあいだに、セオドア・クリタのDCMS(戦力で劣っている)は、失われた全領域を取り戻そうと戦い続けたのである。侵攻の停止は戦争を終わらせた……だが混乱から回復するまで、もう5ヶ月を要したのだった。






共和国方面攻勢 COMMONWEALTH THRUST

「敵への正面攻撃だって? それは妙案だ」
――ジェームズ・シーモア名誉元帥、第3ダヴィオン近衛隊、ヴェガ

 ディーロン侵攻よりも実質的な抵抗に直面していた共和国方面攻勢は、DCMSの反撃に耐えうると期待されていた。だが、クリタの反撃において軍隊が輝かしい役割を果たしていた一方で、心理作戦、特殊作戦はDCMSの軍事行動で重要な要素なのである。「ヴェガ襲撃」は、ウィンテルシュネー作戦への反攻の中心で、この攻撃によって、ノンディ・シュタイナー将軍の統一された指揮系統を断ち切り、各軍を占領地帯の中に孤立させた。こうしてDCMSは適切な行動を取りえたのである。





アーナシ(7月〜8月) ALNASI (JULY-AUGUST)

 セオドア・クリタがヴェガに対し決定的なカウンターを放ったとき、彼はまた敵が保持する世界(管区主星への接近を左右する世界)への強襲に動いていた。星図に載ってない星系は、第2軍団がヴェガを奇襲するのに役だったのではあるが、目的の達成にはもっと安全な補給路が必要だった。

 7月22日、クリタの強襲隊がパイレーツポイントにジャンプした。三ヶ月前に同盟侵攻軍が使ったのと同じポイントである。この逆襲軍は、第6アルシャイン正規隊と第1サン=ツァン候補生隊で構成されていた。惑星の防衛部隊が完全な状態にあったなら、このような比較的小規模な部隊が防衛隊を駆逐するチャンスはほとんどなかったろうが、管領の計画はいくつかの要素を使って、兵士たちの戦力を強化した。アーナシ惑星守備隊による低強度のゲリラ戦は完全に終わっておらず、また破壊活動と民間部門の不服従が、共和国の支配樹立を邪魔していた。LCAFには質的な優勢があったが、LCAF兵士がどこにでもいたわけではない。結局、ライラ軍は、自分たちの政策を押し通すより、DCMSとISFの行動に対処させられていることに気がついた。占領して数ヶ月で、状況は悪化していった。この時、アーガイル槍機兵隊が侵攻の第二波に備えアーナシを離れ、歩兵中心の第26ライラ防衛軍だけを惑星の占領軍として残していったのである。

 占領部隊の小規模化は、諜報の失敗(連合とISFの重要なエージェントが世界上で活動していた)と合わせ、一連の環境を生み出し、LCAFの足下を崩した。といっても、クリタの反攻があるまで、これは表面化しなかったのである。経験豊かな第26防衛軍は、アルシャイン正規隊とサン=ツァン候補生隊を問題なく食い止められるはずだったが、アーナシでは、土地に不慣れで、敵対的な民衆と直面することになった。

 部隊はひどい補給問題にも直面した。反侵攻軍と占領隊のファーストコンタクトは、高々度でのことだった。第26防衛軍の航空宇宙支援大隊が、侵入してくるDCMSのメックキャリアーと歩兵輸送船を叩いた。戦闘機の攻撃は輸送機の撃墜に失敗した。だが、2隻が突入できないほどの構造的ダメージを負い、着地には別の船に積荷を載せ替えねばならなった。DCMSの戦闘機と強襲降下船は、最終的にライラの攻撃を跳ね返した。傷ついたライラの戦闘機は、防衛軍の施設と限られた補給庫を守るために、地表へと撤退していった。ライラ軍は守備隊になることを想定しており、DCMSの反攻に対する準備はしていなかった。

 7月24日、アルシャイン正規隊はガンタリアスの西、約250キロメートルの地点に上陸した。第26防衛軍はすぐさま降下地点(LZ)に大隊規模の強襲をかけた。シグマ・ライトニング中隊の軽量級ユニット(第四次継承権戦争後に取り入れられたもの)が、ベータ大隊の中重量級メック、装甲車の前衛部隊となった。勝利の自信はとうていなかったのだが、防衛隊は正規隊の攻勢の暴虐に立ちすくんだ……特にLCAFにとってはなじみがないメック数機の射程と火力によって。降下地点をかけた戦いは30分に及んだ。第26防衛軍のザウベル少佐は損害を諦め、主防衛陣地に引き返すことを決めた。半時間で大隊はメック2個小隊にまでなっていた。

 DCMS隊はすぐに中軽量級メックの偵察小隊群を送り込み、主戦力は降下地点から数キロメートルを保った。夜通し、彼らは補給用の小都市と支援施設をまとめた。ライラの空襲がサン・ツァン司令部に被害を与えたが、上級士官を負傷させるのには失敗した。7月26日に二度目の空襲を行った際、航空隊は侮りがたい対空防衛部隊と遭遇し、1個航空小隊のみがガンタリアスに帰還したのだった。

 7月29日の朝、アルシャイン正規隊はLCAF防衛網の調査を西から仕掛け、すぐに手強い地点と防衛戦線を確認した。アルシャイン隊が強襲をかけてから30分後、防御側が敵の侵入を追い返したとき、サン・ツァン候補生隊が北東から首都を攻撃した。夜通しの強行軍を実施したのである。残念ながら、LCAFのパトロールに偶然出くわし、撃破する前に無線連絡されてしまい、奇襲の要素は失われた。サン・ツァンのメックは、急きょ方向を変えたLCAF装甲大隊に、向こう見ずに突っ込んでいった。装甲大隊は工業地帯の影から攻撃隊を狙撃していった。この方向転換があったにもかかわらず、サン・ツァンによる偵察は、ライラ防衛部隊の注意を逸らすのに成功した。彼らは増大しつつある地元住民の反発にも直面していたのである。サン・ツァン候補生隊は軽視できない損害を受けたが、その圧力によって、ライラは引かざるを得なくなった。7月30日の終わりまでに、ウドラフ・パターソン将軍は、陣地を放棄し、都市の内部深くまで撤退するように命じた。

 第6アルシャイン隊による主強襲は、第26防衛軍を猛烈に押し込んだが、部隊とその連隊戦闘団は、連合軍の5度に渡る連続強襲をどうにか押し返した。軍事的には、防衛隊は数ヶ月持ちこたえられたかもしれないが、パターソン将軍は地元民の増大する反攻にも面していた。市民たちはニンユ・ケライのISF工作員と共に、シュタイナーRCTに対する一連の不正期活動を行った。爆弾攻撃とロケット攻撃が、8月の第一週までに日常化していった。8月5日、トラック爆弾による自殺攻撃で、パターソン将軍と26名の兵士が死んだ。リーダーと上級士官の多くを失った第26隊は、無秩序の中で崩壊する危機に瀕した。2日後、生き残った中で最先任士官のジョイ・コレッリ大佐(RCTの事実上の指揮官、戦後、LCAFによって地位を承認される)は、ガンタリアスと惑星の放棄をRCTに命じた。8月11日、最後のLCAF降下船がアーナシから軌道上に打ち上げられた。消耗しきっていたDCMSは、敵軍の逃亡を邪魔しなかった。





ヴェガ(6月〜8月) VEGA (JULY-AUGUST)

 7月12日、ヴィンターシュネー作戦の指揮官たちは、攻勢の第二波の命令を出すすべく、ヴェガに集った。この会議の血塗られた結末は、他のページに記載されている。ヴェガ攻撃は、LCAF最高司令部を無秩序に陥れたのに加え、惑星防衛を混乱させた。DESTがライラのHQを攻撃すると同時に、ISFの工作員たちは地元の通信ネットを目標とし、惑星規模の統制を不可能とした。防衛部隊は個々に対応せざるを得なくなり、短距離無線機で防衛を統制した。

 ライラ兵にとっては幸運なことに、第2ヴェガ軍団の到着を隠すためのジャミングは失敗した。部隊はパイレーツポイントに到着し、7月12日の午後に上陸作戦を始めた。ライラの装甲隊は軍団の上陸を阻止し始めたが、決意を固めたDCMS隊と戦う火力と弾力性を欠いていた。スノード・イレギュラーズは包囲された通常部隊の支援に入ったが、直接軍団と戦うには小規模過ぎた。ロンダ・スノード大佐は部隊を中隊と小規模な分遣隊に分け、各戦闘群にクリタの脆弱な補給線と後方を攻撃させた。イレギュラーズにとっては不幸なことに、第2軍団の戦力は帰還した第14軍団の一部によって強化されており、よってDCMSと傭兵隊の戦闘は二週間の血塗られた小競り合いとなった。両陣営にとって重要な対決は、7月の後半、キャリアー高地で発生した。傭兵は航空隊の突然の介入によって、その大量殺戮を逃れたのだった。疲れ果て、打ちのめされたイレギュラーズは7月31日まで戦線に残り、それから撤退して、第2軍団に戦場を明け渡した。

 スノード大佐は他のライラ防衛軍と合流するための戦術的再配置を望んだが、ヴェガに戻った第14軍団の生き残りが第2ディーロン正規軍を連れていたことに気が付いた。これによって、DCMSとライラ軍はおよそ同等の戦力となったが、しかし、同盟は通信に問題を抱えたままだった(続行中のISFのテロ攻撃と重なった)。さらにノンディ・シュタイナー将軍の負傷は、7月12日、ヴェガとヴィンターシュネー作戦の指揮を横柄なキャサリーン・ヒーニー少将の手に残したのである。強固な「古流派」の指揮官であったヒーニーは、機動防御を行うというジェームズ・シーモア名誉元帥の提案を拒否し、全戦力を正面攻撃に投入した。対称的に、第2ディーロンのジェローム・ティシュラー大佐は、管領セオドア・クリタの軍事改革の熱心な支持者であった。よってドラコ軍は前進を押しとどめようとするヒーニー隊を出し抜くことが出来たのである。8月2日までに、DCMSはニューカーソンを射程に捉え、彼らの都市強襲を妨げたのは、第3ダヴィオン近衛隊による一連の妨害攻撃のみであった。翌日に到着した第1グレイヴウォーカーズは第2ディーロンにいくらかの問題を引き起こしたが、第14軍団は断固として傭兵を押し戻した。

 同じく8月3日、スノード大佐は残った同盟軍と合流するのが無益だと理解した――見たところ、最低でも2個メック連隊、12個通常部隊がその道に立ちふさがっていたのである。イレギュラーズは第2ヴェガ軍団から離脱し、降下船に乗り込んだ。当初、スノード大佐は準軌道でニューカーソンに飛ぶつもりだったが、降下船の強力な通信機を使ってヒーニー少将に連絡を取ったところ、共和国にジャンプして戻り、LCAF最高司令部に連絡を取るよう命じられた。ヴェガのHPGは7月のあいだ謎の「機械的トラブル」を起こしており、ヒーニー少将のブラックボックスはISFの攻撃で破壊された。グレイヴウォーカーズもまたヴェガを離れることを選び、8月9日に出発した。2日後、3個DCMS部隊は第3ダヴィオン近衛隊に集中し、8月14日まで絶え間ない強襲を続けた。珍しく洞察力を示したヒーニーは8月14日の午後に退却を命令し、8月16日までにヴェガはDCMSの手に戻ったのである。

 次にヒーニーはヴェガを失ったのは傭兵部隊が無能だったからだと非難したが、調査に当たったMRBCの委員は、イレギュラーズとグレイヴウォーカーズにかけられた嫌疑を全て晴らしたのだった。






ディーロン方面攻勢 DIERON THRUST


アセンライ(7月〜12月) ATHENRY (JULY-DECEMBER)

 アセンライは一度の大きな戦闘で同盟の手に落ちたが、惑星の新指導者は占領が簡単だったからといってアセンライの防衛プランをおそろかにはしなかった。惑星の地形は多くの点で彼らに有利だった――彼らは一連の手強い要塞を築くことができた。アセンライを狙う敵部隊はそれぞれの要塞を攻撃しなければならないのだ。敵兵士は海上か空から上陸する必要があり、いずれの場合ともに激しい砲火に身を晒す必要がある。残念ながら、ブルースター・イレギュラーズ、特に第1894軽機隊の足が速い兵士たちは、このタイプの戦役に関する技術を欠いており、緊急展開部隊としてニューセナの周辺に配備された。

 7月14日にDCMSの逆襲部隊がやってきたことはほとんど予期されていなかったが、その編成と出発地点は不快な驚きとなった。管区主星のアシオ(皮肉にも第二波の目標だった)からジャンプしてきた第12、第27ディーロン正規隊はエリートからほど遠かったが、侵攻軍を撃破する決意を固めていた。ヤワトノ・クリタ少将(連合統治一族の遠い従兄弟)はセオドア・クリタほどの軍事的卓見も指揮官にふさわしい風格も持っていなかったが、部下たちから非常に尊敬されていた。兵士たちの多くは彼を部隊の「マスコット」として見ていたのである。実際の指揮は正規隊の副指揮官、アンドリュー・モネットが行うことがよくあった。連隊の多くはクリタ一族を書類上の指揮官にすることが(たとえヤワトノのような気取り屋でも)、戦場における幸運をもたらすと信じていた。

 だが、戦いの当初、DCMSに幸運はなかった。イレギュラーズは星系内を進むディーロン連隊を攻撃し、惑星へ向かうあいだ降下船を悩ませ続け、2隻を再突入不可能とし、積み荷を損傷の少ない船に移さざるを得なくしたのである。さらに過積載の輸送船のうち一隻(ぼろぼろになったエクスカリバー級)がアセンライに降下中にドライブ不調となり、ホーボーケン海に不時着した。船員、乗員のうち死亡したものはほとんどいなかったが、水による衝撃で降下船と積み荷の戦車の大半が破壊されたのだった。

 ディーロン兵はアセンライでの第一週を再結集と再編成に費やした。水上艦(水中翼船と潜水艦含む)を装備していた彼らは、すぐにラーセン・アイランドチェインの同盟軍拠点を孤立させ、痛めつけた。ブルースターのメックはこのような強襲に対してできることはほとんどなく、よって同盟側の歩兵が傭兵の気圏戦闘機に支援を受けて矢面に立った。海岸への砲撃で歩兵陣地の大半が粉砕されたが、一部のケースにおいてDCMSは厳しい格闘戦で島を獲得せねばならないこともあった。それにもかかわらず、9月が始まるまでに、連合の指揮官は「解放戦」をワンデッサ、ズベッキス列島のにまで拡大する自信を得たのだった。その一方で、エスパラーの同盟陣地、特にリスボン高地の塹壕への空爆を行った。

 容赦なくディーロン軍は前進し、制海権を活かして島から島へと移動した。ワンデッサ・チェインでの衝突は続いたが、10月6日、エスパラー群島への初上陸を果たすと、すぐにイレギュラーズの第1894軽機隊との交戦が始まった。ホークポイントの橋頭堡周辺で厳しい戦いが勃発し、DCMS水上艦は断固とした傭兵のメックに照準をあわせた。この交戦は決定的なものとはならなかった。DCMSは強行突破することができず、同盟側もまた侵攻軍を海に追い落とす戦力が欠けていたのである。航空戦力は、攻勢と補給・兵士の輸送の点で双方にとって重要な役割を果たした。10月11日、DCMSは二度目の突破を図ったが、跳ね返され、両陣営に大きな損失が出た。10月15日の攻撃もまた失敗に終わった。

 11月のはじめまでに、戦闘員たちは消耗戦に閉じこめられ、戦略的に手詰まりとなった。ヤワトノ・クリタでさえもが苦境に立たされていることを認め、手詰まりを打破するために当初の橋頭堡から約80キロメートルのマイン・ダウンに上陸するよう命じた。この強襲は11月8日に始まり、傭兵を難しい状況に追いやった。DCMSの上陸を防ぐためには、既存の戦線から兵力を引き抜く必要があり、その有効性を殺いでしまう。もしそうしなかったら、新たな橋頭堡から両側面と背面を攻撃されてしまう。2日にわたって傭兵とDCMSは乱戦を繰り広げたが、11月10日、夜のとばりが下りると、ジャン=ルイ・エディソン大佐は後退を命じて、DCMSに沿岸部を明け渡し、ニューセナにつながるアジラー山道へと退却したのだった。

 第27ディーロンの先陣は、11月11日、第1894軽機隊、塹壕にもぐった第21辺境世界共和国連隊とぶつかったが、道を押し通ろうとする動きは、傭兵によって素早く厳しく阻止された。DCMS兵は後退し、道の入り口を固め、支援部隊と装備が先陣に追いつく時間を与えた。要塞群からの砲撃は散発的に始まり、すぐにテンポを速め、長引く砲撃(対砲兵射撃)戦となり、後にLCAFの最高司令部は、第一次世界大戦の始まりとなった1916年のソンムの戦いから、「マテリアルシュラクト」(弾薬戦)とあだ名をつけた。幸い、その後の行方は、血塗られた歴史上の大災害とは似てもにつかぬものとなった。初日に一国の兵士が2万3000人戦死し、3万7000人が負傷した1000年前のソンムの戦いとは違って、アセンライの戦いは全体で6000人の人命が犠牲となっただけだったのである。だが、10日に及ぶ爆撃は、アジラー山道を月面に似た荒廃した残骸としたのである。当初、同盟の防衛部隊は炎の嵐を耐えきったが、3日目には道の出口へと退却し、コロスのスキーリゾートに滞在した。その後、スキー場のスロープがニューセナの領有権を巡る主戦場となった。

 ディーロン正規隊がセナ湖に向かって破壊されたアジラー山道を進んでいた際、山脈の地形が大規模な戦闘を妨げた。戦闘員たちは小隊、中隊単位で一連の交戦を行った。11月23日、第27ディーロンは最後のブルースター・イレギュラーズをコロスから撃退し、最終目的地、ニューセナを見下ろした。付近の村から残ったイレギュラーズを駆逐するのに3日かかったが、11月の終わりまでに、ディーロン正規隊は最後の攻勢をはじめる準備を行った。

 3ヶ月以上戦い続けた両陣営は疲労困憊し、陣地を固めるために約一週間停止した。アレックス・ダフ=ゴードン(ブルースター・イレギュラーズ指揮官)は陣地が頼りないことに気づいたが、LCAFがディーロン管区に少なくともいくつかの領土を残すことを求めていると知っていた。そのうちひとつがアセンライだったのだ。しかしながら、クリタ軍を都市に引きずりこんで戦うことはできたが――掃討するまで一ヶ月かかるかもしれない――そのような戦術は民間人の犠牲が多く出ることにも気づいていたのである。12月4日、ダフ=ゴードン将軍はDCMSの指揮官と交渉を持ち、すぐに降伏条件に同意した。12月10日までに、全イレギュラーズがアセンライを発った。この決断は、LCAF最高司令部内で特に好評を博さなかったが、最終的にノンディ・シュタイナー将軍による支持を得たのだった。


ナシラ(7月〜11月) NASHIRA (JULY-NOVEMBER)

 6月半ばまでに、ナシラの占領軍(第12ヴェガ特戦隊デルタ連隊、第1連邦共和国RCT)は、惑星に秩序をもたらすため、血塗られた「治安活動」に直面していた。すべてが悪い方向に向かっているかのようだった――地元民は一貫して消極的な(そしてそれほど消極的でもない)抵抗を行い、惑星政府は合同軍指揮官との完全な協力を拒否し、期待される占領軍の到着は遅れていた。この世界は、都市で敵対的な民衆を取り締まるという、前線の兵士にとっての最悪の悪夢となった。

 7月19日、第1ゲンヨウシャ(シタラに駐留していた)がナシラ星系にジャンプし、二日後、第2ゲンヨウシャがそれに続いた(第2ゲンヨウシャはディーロンを支援するため、アシオに配備されていた)。両部隊はかつての本拠地、ナシラに親近感を持っており、シュタイナー=ダヴィオンの圧制者から解放する義務を感じていた。占領軍に数で劣っていたのだが、ゲンヨウシャには技術と決意があり、部隊指揮官ナリマサ・アサノは兵士を送り込むのになんの不安も持ってなかった。彼らの名誉がそれを求めたのだ。

 メリッサ・シュタイナーから夫への持参金であり、第四次継承権戦争中にサンドヴァルの指揮下にあった第1連邦共和国RCTは、最高級の装備を揃えており、機齢12年以上になる機体はなかった。しかしながら、第1連邦共和国RCTのメックと車両はゲンヨウシャのような先進技術を欠いていた。DCMSの機体は敵よりも射程と打撃力があり、素早く熱を放出し、攻撃を維持できた。これらの技術的優位は、重要なものだったが、クリタのエリート戦士の熟練と経験に比べると価値の薄いものである。ヨリナガ・クリタによって創設されたゲンヨウシャは、すぐれた戦士にして優れた思想家であり、常に批評眼を持って戦場に入る。ナシラへの帰還も例外ではなかった。7月22日、第1ゲンヨウシャはコープンウォルドに上陸し、支配を確保した。第2ゲンヨウシャは流れこんでくる戦闘の報告を監視し、防衛側の能力を研究した後で、カチアシャと似たような戦争を行うより「頸動脈を狙う」ことを選んだ。

 第1連邦共和国RCTのデ・グリーア准将は、数ヶ月、軍政官としての役割を立派に果たし、惑星を平定するための基地として、ナシラのあちこちに多数の強化陣地と倉庫を建設した。これらの基地は復讐心に燃えたゲンヨウシャに対する砦として使われた。ヴェガ特戦隊と第1連邦共和国にとっては不幸なことに、反乱を鎮圧するため彼らは惑星上のあちこちに分散しており、ゲンヨウシャの素早い強襲はこのような部隊の多くを孤立させた。南コープンウォルド大陸にある砲座(惑星の鉱物資源を支配するためのもの)のいくつかは、ゲンヨウシャの猛攻に対し、勇敢だが無意味な抵抗を行った。大半は攻撃軍の侵攻を遅くする程度のものでしかなかったが、北にいる仲間たちが再集結し準備する時間を稼ぐことを望んでそうしたのである。

 スピードと積極性が勝利の鍵になると気づいた第2ゲンヨウシャ(ユルゲン・ミヤベ大佐指揮)は、ローガンシティ宇宙港に雪崩を打って勇敢な降下を敢行し、第1連邦共和国RCTの防衛境界線の内側に上陸した。混乱した交戦が発生し、両陣営は予期せぬ方向からの攻撃に晒された。宇宙港での戦いは、約12時間続いたが、7月25日が終わるまでにDCMSが上手を取り、第1連邦共和国の生存者は宇宙港を放棄して、ローガンシティのほうに引っ込んだ。ミヤベは第2大隊に退却する敵兵を追わせたが、都市部への調査攻撃で塹壕に潜って準備万端の敵兵を発見したのである。奇襲攻撃により、ゲンヨウシャは足場を確保したが、戦いに勝つことはできなかった。

 第2ゲンヨウシャのミヤベ大佐は、守りの堅い都市を攻撃するのを望まず、よって宇宙港を素早く確保し、自らも守りを固める一方で、連合軍の陣地に調査攻撃を仕掛け、弱点を探った。上官であるナリマサ・アサノは、ミヤベの注意深さに同意し、宇宙港の戦力を強化するため第3大隊を送る一方で、第1ゲンヨウシャの残りが工業都市ニュー・アナハイムの周辺で連合軍の抵抗に対処した。8月8日までに状況はよくなり、アサノは第2大隊をローガン・シティに差し向けた。かなりの挑戦と、自分たちより遙かに多い敵に直面したのだが、アサノは自分のエリート部隊が即座に克服し、8月末までにナシラが連合の下に戻ると信じていた。

 8月9日はDCMS兵にとって都合よく始まった。ゲンヨウシャとISF含む若干の不正規隊による一連の朝駆けが成功し、ヴェガ特戦隊の分遣隊をローガン・シティの工業地区から追い出したのだ。しかしながら、連合軍は頑強な抵抗を示し、ゲンヨウシャの前進を緩めた。アサノが二度目の攻勢の準備をしていたときに、軌道上にいたDCMS所属船から、天頂ジャンプ地点に新しい船が到着したとのニュースが届いた。第7ドネガル防衛軍(一週間前にカーヴィルを放棄していた)が合同軍の援軍としてやってきたのだ。これらの経験豊かな兵士たちと抜け目ない指導者たちはゲンヨウシャにとって重大な脅威をもたらした。彼らは激しくローガンシティへの攻勢を仕掛けたが、援軍が到着する前に都市の征服を完了するのが不可能だとすぐに気づいた。ふたつの連合軍のあいだに挟まれるをよしとせず、8月10日、ナリマサ・アサノはローガン・シティの宇宙港を放棄するように命じた。

 どちらの陣営も迅速な勝利の望みを断たれた。ナシラの戦いは、二人の熟達した指揮官、ナリマサ・アサノとダニエル・フォス=シュタイナー(ドネガル防衛軍指揮官)による機転の利いた精緻な移動へと進展した。ドネガル防衛軍の戦力を加えたことで、連合軍はより攻撃的な姿勢で失われた領土を取り返せるようになったが、ゲンヨウシャの指揮官は主導権を保ち続けた。その後起きたのは、6週間におよぶ襲撃と対襲撃であった。熟練し、技術的優位のあるゲンヨウシャは、数でまさる連合軍連隊に対抗できた。連合軍はローガンシティを支配し、コペンウォルドの鉱業施設の多くを奪還したが、ひとつの施設を占領するとすぐに、ゲンヨウシャが別のひとつを取り戻したのである。ゲンヨウシャの襲撃に駆り立てられた民間人の妨害は、9月にエスカレートし、10月の第二週には熱狂に達した。

 ほとんどの場合、合同軍に対する民兵の攻撃は嫌がらせ程度のものだったが、警備と反撃で資源を搾り取った。レイヴン・リッジでの化学兵器攻撃(「パンドラの箱」参照)はこのルールの例外であることが証明された……結果として起きたのは、合同軍の大規模な人命喪失と、化学兵器攻撃を行ったドラコ民兵基地に対するゲンヨウシャの強襲であった。レイヴン・リッジ後、両陣営はこの戦いに幻滅するようになり、ナシラ争奪戦のテンポは著しく弱まった。10月の残り期間、両者のあいだでの衝突は数えるようなものとなった。

 ナシラに配備された合同軍兵士の多くは、10月に出された帰還命令に喜んで従うつもりだったものの、撤退をこの戦役で犠牲となった者たちに対する裏切りだと見た。しかしながら、フォス=シュタイナー将軍は、レイヴンリッジの件がゲンヨウシャの仕業だと見なすことはできないとあきらかにした。実際、彼らはテロリストを粉砕したゲンヨウシャの決定的行動と、合同軍被害者への援助を賞賛したのである。ナシラからの撤退は長年にわたってLCAFの苦い薬であり続けた……とくに戦後の分析で、レイヴンリッジ事件にISFが関わっていたと示唆されてからは。



パンドラの箱 PANDORA’S BOX

ウィリアム一等兵: スネークを信じるな。名誉を口にした次の瞬間には、化学兵器を撃ち込んでくる。

インタビューアー: クリタ兵がテロ兵器攻撃を主導したと?

ウィリアム一等兵: やつらはそこにいて、一発で我々の守備隊を抹殺した。

インタビューアー: DCMSの隊員が化学兵器を放ったのを見たのですか?

ウィリアム一等兵: 私自身は見ていない。私は指揮本部にいた。

インタビューアー: ゲンヨウシャはテロリストが使ったとしています。

ウィリアム一等兵: そう言いつくろっているだけだ。スネークの指揮官はやりすぎたことに気づいて、ごまかすために自軍の兵士たちを殺した。我々のような被害者を自分たちで作ったのだ。

インタビューアー: DCMSもこの攻撃をおぞましく思っているそうですが、信じていないと?

ウィリアム一等兵: ケンタレスと呼ばれるちょっとした場所を思い出さないか? レイヴン・リッジはケンタレスと比べるには小さすぎるかもしれないが、ドラコ連合は明白にテロ攻撃を信奉している。第四次継承権戦争の先駆けになったヘパイストス・ステーションについては? ノースウィンドは? 200名近い友人と戦友が死んで、愛する者たちに会えなくなったが、そういうことをしなかったと私に言えるのか?

インタビューアー: 戦後のゲンヨウシャの医療支援については? 受け入れられたのでしょうか? きちんと手当してもらえたのでしょうか?

ウィリアム一等兵: 私は幸運な男の一人だった。除染を受けるだけでよかったのだ……数十人のスネーク兵の前でストリップして、汚染物質を洗い流すことになったが。連中の医者は優秀で、心から気遣ってくれた。良心の呵責でそうしていると疑っているがね。こっちの素人医師の検査を待っているところなんだが、あっちのドクターは専門家なんじゃないかな。

インタビューアー: ゲンヨウシャは危険物取扱チームを待機させていたと?

ウィリアム一等兵: やつらは単なる連隊の衛生兵だと言っていたが、危険物取扱用の装備をすべて持っていた。我が軍のやつらが持ってないものをだ。まったく普通に配布されるような装備じゃない。

インタビューアー: LCAFやAFFSではそうかもしれませんが、DCMSは万一に備えて連隊レベルでそのような準備をしていると理解しています。

ウィリアム一等兵: どうでもいい。訓練を受けたやつがあのあたりにいたことが怪しいんだ。

――ラッチェル・ウィリアムズ一等兵(第1連邦共和国RCT)のインタビューより抜粋、レイヴン・リッジ事件後




官僚機構の犯罪 A CRIME OF BUREAUCRACY

 フォーマルハウトだけが3039年戦争で恒星連邦(あるいはライラ共和国)に放棄された世界ではないのだが、戦後、ここは最も有名な世界となった。より正確に言うと、悪名高い世界となったのだ。

 この世界が重要なのは、地球回廊内に位置することから来ている。ここは恒星間貿易の十字路であり、戦略軍事地点となっていたのだ。従って、AFFSはこの世界が恒星連邦の領地となっているあいだ、1個エリートRCTを駐屯させていた。第三次継承権戦争前から、この惑星を守っていたのは第2ダヴィオン近衛隊であった。

 不幸にも、ドラコ連合が逆襲を行い、3039年にフォーマルハウトを奪った際、第2近衛隊は別の場所に送られていた。さらに悪いことに、恒星連邦の指導部はこの惑星に背を向け、フォーマルハウト奪還の軍事作戦承認を拒否しているように見えた(少なくとも第2近衛隊の隊員たちには)。AFFSと恒星連邦政府の職業政治家、官僚たちにとって、フォーマルハウトを失うのはビジネス上の損失であって、惑星そのものは不良債権の償却に過ぎないものだったのである。

 第2ダヴィオン近衛隊にとって、フォーマルハウトは故郷であった。彼らはこの世界から引き上げたわけではなかった……単純にドラコ侵攻に加わるため移動しただけである。第2が残していたのは、かなりの量の補給物資備蓄、スペアパーツ、弾薬と、修理ガレージ、訓練施設、オフィスのすべてであった。そして彼らはさらに重要な抵当を残していた……家族と友人たちだ。AFFSは施設やその他の物資を補充することができた――後で官僚たちがほのめかしたにも関わらず、そのようなものは問題ではなかった。しかしながら、人は違った問題であった。10万人におよぶ、ダヴィオン近衛隊隊員の親類、扶養家族、友人がフォーマルハウトに住んでおり、かなりの退役兵がここで築きあった緊密なコミュニティに残ることを選んだ。フォーマルハウトを放棄するというAFFSの決断によって、彼らの全員が敵戦線の後方に残されたのである。

 従って、フォーマルハウトは中心領域で最もひどい反乱問題を抱えるようになった。あまりに多くの元AFFS隊員が惑星上にいたことから、ドラコ連合軍が反乱活動を抑えるのはほとんど不可能であった。ドラコ連合の兵士は民間人殺しを厭わなかったが、一人を倒すのに自軍の一人が負傷するか殺されるのが常であった。同時期に、第2近衛隊RCTがほとんど無許可離脱しかけた。フォーマルハウト奪還が妨げられたのは、ひとえにカペラがアディックスに奇襲をかけたからであった。3039年12月、第2近衛隊RCTはカフに駐屯し、一ヶ月後、元故郷に認可されてない一連の長期襲撃を開始した。

 ヴァネッサ・ビスラ大元帥はまず最初に、RCTの上層部を告発することでこれらの襲撃を止めようとしたが、ジェームス・サンドヴァル大元帥は即座に上層部の者たちを免職とした。サンドヴァル大元帥とラン・フェルスナー元帥は、第2近衛隊RCTの活動を阻もうとする官僚の動きを反らすなど、秘密裏にかなりの援助を与えていたようである。同時に、アーダン・ソーテック大元帥は管領セオドア・クリタとの裏交渉を開始し、戦時捕虜、家族、「政治的に意見を異なる者」――友人と多大な損害を引き起こしていた退役兵たち――を返す手配を行った

 3041年半ばまでに、数十万人が征服されたばかりの数個惑星から離れ、故国に戻った――この中にはフォーマルハウトの「反乱軍」が含まれていた。これによって第2ダヴィオン近衛隊の攻勢が止まることはなかったのだが――第22アヴァロン装甲機兵隊の本拠惑星クエンティン解放、第9ディーロン正規隊のサイリーン奪還の試みを止めることもなかった――その一方で、これら世界の反乱鎮圧に大いに役立ったのである。

 二十数年経って、フォーマルハウトの災厄を、第2近衛隊の隊員たちはよく覚えているが、ウィリアム・コサックス少将は、部隊指揮官となってからの十数年間、傷を癒やすために尽力してきた。ヴァネッサ・ビスラ大元帥はこの件に深く関わらなかったことを長年思い悩んでいるが、もっともひどい被害を受けたのは、AFFS最高司令部、恒星連邦政府の官僚たちである。将官級の4名とその他上級士官3名が懲戒免職となり、4名の民間官僚がキャリアの終わりを迎えた。3名が復讐心に燃えた第2近衛隊の元隊員に殺された。そのうち一件は、わずか二年前の話である。

――『忘れざる文化』より、アンドレア・パリウォーダ博士著、コムスターアーカイブ、3060年







ベンジャミン方面攻勢 Benjamin Thrust


フェラニンII(8月〜9月) FELLANIN II (AUGUST-SEPTEMBER)

 この時までに、フェラニンIIは典型的な状況に置かれていた。エリダニ軽機隊の2個連隊がこの世界を叩き、最終的に防衛部隊を破ったのである。だが8月に全てが変わり、両陣営を驚かせることとなった。

 7月11日、エリダニ軽機隊がフォート・ジンジローに最後の強襲を仕掛けていたまさにその時、ウィリアム・ピーターセン将軍は第二波の強襲を実行せよとの命令を受けた。傭兵部隊がDCMSの孤立部隊をどうにか屈服させるとすぐに、彼は第21打撃隊に対し惑星を離れる準備をするよう命じた。しかしながら、数日後、ピーターセンは持ち場を守れとの二つ目の命令を受け取った。傭兵のいらだちは倍加した……第151連隊が数週間前に星系内に到着し、第21打撃連隊と合流して、ホマムに向かうべく待機していたのである。ピーターセンはHPGを使ってサンドヴァル元帥に命令の確認を行い、まもなく確かであるとの返答を受け取った。そのメッセージは、ピーターセンが「作戦の最初に与えられた目標を遂行するために自由裁量を使う」ことを認めていた。ピーターセンはこれを暗黙のホマム強襲であると受け取り、よって第21打撃隊に出発の準備を続けるよう命じた。2個ELH連隊は8月12日に星系を発った。

 この動きは、AFFS、DCMSの指揮系統を昇って報告されていき、第71軽機連隊を殲滅しかけた事件を引き起こすことになる。ニューアヴァロンがELHの動きを聞き及ぶと、中級レベルの副官が懲戒的なメッセージをピーターセン将軍に出して、フェラニンの放棄と無認可の任務を批判した。サンドヴァル元帥は譴責のコピーを受け取り、第71がまだフェラニンIIにいることを知り、ピーターソンに対し独自の判断で動き続けるべきだと述べた。次にニューアヴァロンの情報士官は第2アーカブ軍団がフェラニンIIに向かっていることを知った。中級レベルの副官がこれを知った時、AFFSが各前線で激しい抵抗にあっていたのとあわせ、彼はフェラニンIIのAFFS通常旅団に対し、撤退命令を出した。まずいことに、彼はELH連隊の全隊がホマムに向かっていたと決めてかかっていたのである。

 第2854機械化重旅団(臨時)は8月16日にフェラニンIIを発ち、第71軽機隊のみに惑星上で続く抵抗への対処と、第2アーカブ軍団の相手を任せることになった。8月23日、第2アーカブの到着は第71にとって完全な不意打ちとなった……AFFSからの諜報報告はホマムの部隊に直接渡っていたのである。さらに悪いことに、第2アーカブ軍団指揮官、マリサ・グロー大佐は惑星上の生き残ったDCMS隊と連絡を取り、ELHの全陣地に対する組織的攻撃をアーカブ軍団が上陸する直前に行うよう命令していたのである。

 これにより、クリーブランド・アルフィエーリ大佐と第71軽機隊はのっぴきならない状況に置かれた。第4プロセルピナ戦闘団の残存勢力(1個大隊以下のメックと、2個大隊近くの通常部隊)はフォート・ジンジローを攻撃し、アーカブ軍団が攻撃を始めるまで傭兵を足止めした。アルフィエーリ大佐は守備的な陣地を占めていたが、フェラニンの戦いで負った損害を取り戻している最中だったのである。連合の攻撃は休むところを知らなかった。グロー大佐は五日連続で絶え間ない攻撃を仕掛け、惑星の大衆から2個連隊分近い通常兵を新規採用した。

 アルフィエーリの傭兵隊は四日間持ちこたえたが、9月2日の夜に、ドラコの歩兵大隊がフォート・ジンジローに押し入った。これにより、アルフィエーリは戦線から兵士を引き抜いて対処せざるをえなくなり、夜明けまでにさらなる兵士が要塞に入るほどまでに弱体化した。新たな攻勢は第71軽機隊の終焉を意味しかけた。アルフィエーリ大佐は降下船への退却を命じたのだが、混乱により1個大隊分の兵士と装備が失われた。グロー大佐は傭兵が惑星を離れるまで攻撃を止めることなく、アルフィエーリがメック戦士やその他の人員を救出するのを妨げた。

 第71は9月3日にフェラニンIIを離れた。3040年の2月、数十名の捕虜が解放されたが、捕らえられたと報告された全員が戻ってきたわけではなかった。






その他の動き


ホマム(8月〜9月) Homam (August-September)

 ウィリアム・ピーターセン将軍は、サンドヴァル将軍から第二波を続けるようにとの個人的な許可を受け取り、8月の前半、エリダニ軽機隊第21打撃隊、第151軽機隊と共にフェラニンIIを離れた。ホマムの軌道上に入る前のある日、部隊はニューアヴァロンから第二波の作戦をすべて中止せよとの矛盾する命令を受け取った。8月24日、惑星に到達すると、ピーターセンは降下船の大半を軌道上の各地にとどめ、ホマムに出入りする船の迎撃のみを許可した。そしておよそ2個大隊の混成部隊を惑星に下ろした。後にこの動きは、AFFS最高司令部により「強行偵察」であると判断され、従って、命令違反となることはなかった。ピーターセンは五日ごとに混成大隊をローテーションさせ、戦闘経験を与えると共に、下船するチャンスを与えたのである。この世界は事実上、防衛されておらず、ピーターセンの「偵察」軍は三週間に渡って惑星中を闊歩した。その後、将軍はついにデビッドへの撤退命令を直接受け取ったのだった。エリダニ軽機隊は9月7日にホマムを離れ、惑星防衛部隊を事実上殲滅したのだが、得られたものはなかった。









DCMSの逆襲 DCMS COUNTER-INVASION

 数百名からなるAFFSとLCAFの上級士官たちが、1年以上かけてドラコ連合侵攻の戦闘計画を策定した。彼らは最悪な場合と最高な場合、両方の計画を立てた――ふたつのチームがあらゆる不測の事態について考えることにすべての時間を費やした。当然、これらのチームは、協調したDCMSの逆襲に対処する非常事態計画を作成していた……これまでにない正規連隊群が姿をあらわし、恒星連邦、ライラ共和国深くに強襲を行うことも考えられていた。だが、連合が20個ものバトルメック連隊(12個のいわゆるゴースト連隊含む)を結成し、圧倒的戦力で逆襲を行うことを予想していた者は誰もいなかったのである。

 オロチ作戦はまさにこれらふたつの要素を組みあわせたものだった。管領セオドア・クリタは、ライラ軍、恒星連邦軍の連合した戦力が容易にDCMSを圧倒することを知っていた。よって、最高でもせいぜいAFFS/LCAF連合軍をせき止められるだけの防衛戦に乗り出す(数十の世界を失うことになる)ことなく、攻勢に出て、DCMSのほぼ全軍を、侵攻してくる連合軍に向かわせたのである。

 DCMSがそのような短時間で多数の正規連隊を配備できたことは、奇跡に他ならないものであった(後に連合はその大胆さの代償を支払ったのだが)。ライラ、恒星連邦国境にDCMSの大半が集団で現れたことは、合同軍指揮官にショックを与え、指導者たちに懸念を引き起こさせたが、DCMSが移動しただけだったので、侵攻は続くこととなった。AFFSとLCAFはかなりの予備を持っており(特に地球回廊に)、第二波、三波でもう10数個のバトルメック連隊、RCTがディーロン軍事管区に入る予定となっていた。

 しかしながら、管領クリタはおのれの敵を知っていた。彼はハンス・ダヴィオン国王がニューアヴァロンの玉座について以来、行ってきた重要な決断のすべてを研究していた。彼が発見したものは彼を落胆させた……ハンス国王は大きなリスクを喜んでとる一方、最低でも小さな勝利を得られるように、たいてい最大リスクの作戦には非常事態計画を用意していたのである。セオドア・クリタが見つけ出した唯一の弱点は、ハンス・ダヴィオンが足場を揺るがされたことがなかったということである。

 従って、軍事の管領は勇敢であるが潜在的に破滅的な作戦に乗り出したのである。DCMSが思っていたよりも大規模で強力であることを、ハンス国王に確信させねばならないことが彼にはわかっていた。もし失敗したら、ドラコ連合は仇敵の前に倒れる。幸いにも、彼は誰が望んでいたよりも成功を果たしたのである。

 恒星連邦への逆侵攻は、最終的に10の世界を目標とした。その大半が、大隊規模のメック部隊による一撃離脱の攻撃であり、1個連隊以上のドラコ部隊が各世界を補給のために襲撃してそのままロビンソンに向かっていくと、AFFSに思い込ませるように作られていた。その中核において、オロチ作戦は古典的なブラフだった。ドラコ連合が逆襲に使える1ダースのメック連隊を持ちつつ、国境を守るのに充分な兵士を保っているという不可能を見せつけることによって、ハンス国王と上級の将軍たちが常識的な判断を捨て去るようにすることが求められたのだ。この作戦はまた、オロチに参加する部隊(DCMSのメック戦士ちょうど10個大隊と、支援する一握りの傭兵中隊)の能力に頼っていた。一度に複数の場所に存在し、敵対する市民軍や正規兵部隊が実際より大きい攻撃部隊であると確信せねばならないのだ。

 連合の戦士たちは、少なくとも望んでいた効果を発揮できるだけ長く襲撃を行ってから、脱出した。この逆侵攻は、ISFが支援する合同軍主要士官への戦略攻撃とあわせて、合同軍の指揮官たちを愕然とさせた。ハンス国王は、DCMSの真の規模と戦力を確信することができず、全面的撤退を発令し、それがドラコ連合を救った。その後、ついに管領クリタのブラフに気づいたが、侵攻軍を再度転進させるには遅すぎた。チャンスという扉が閉められたとき、連合は災厄を逃れ、ハンス・ダヴィオンは完全に出し抜かれたのだった。




ブリード(7月〜11月) BREED (JULY-NOVEMBER)

 ブリードは連合の逆襲で攻撃された最初の恒星連邦世界だったが、DCMSはその前に、サーナ地域、タマラー協定、スカイア連邦への襲撃に着手していた。カフのように、ブリードはAFFSの主要展開地点であった。7月の始めの時点で、3個RCTと2個メック連隊が、かなりの支援部隊と共にブリードで第二波を進める命令を待っていた。だが、悲惨なものとなったかもしれないカフ攻撃とは違って、管領セオドアは第二波の任務のために防衛部隊の大半が去ったのを確信してから、第3、第4ゴースト連隊を惑星強襲に解き放ったのである。

 実際、クリタはゴーストにブリードを通り過ぎて、次の目標世界を叩くように命令しかけたのだが、ブリードにいた3個RCTのすべてが発ったという話が7月前半に届いたのである。彼は即座に攻撃命令を下した……ブリードでの作戦がル・ブラン強襲にできる限り近くなることを望んでいた。トリポリ星系で命令を待っていたゴーストのタスクフォースは、翌日ブリード星系に入り、4日後の7月15日、この世界を叩いた。

 ゴーストが攻撃をしかけたとき、ブリードは無防備とはほど遠かったのだが、第1NAISも第2ロビンソン特戦隊も、エリートのAFFS兵とは考えられていなかった。第4ゴーストは1個大隊不足していたのだが(ル・ブランの項参照)、戦いは比較的、均衡したものとなった。実際、ドラコ部隊が新メック機種とロステックを使っていたから、バランスはややゴースト連隊寄りであった。

 多数のAFFS通常戦力がブリードに残っていたが、その多くが輸送力を欠いていた。防衛部隊の大半が素早く長距離移動できなかったことから、ゴースト(カール・グレームノフ大将指揮下)は、一撃離脱の機動戦を戦った。彼らは上陸し、軍事基地か野営地を攻撃し、それからAFFSが反撃する前に移動したのである。ゴーストは上陸前に大隊群を再編し、選ばれたメックによって臨時中隊、大隊を作っていた。戦力を再編成し続け、降下船を星系内で移動し続けることによって、惑星の防衛軍に3個連隊以上のドラコ連合メック連隊に直面していると思い込ませたのである。

 ブリードの軍事総督(コンロイ・バーデン=パウエル将軍)は、懸念を示したのみならず、惑星にいる戦力だけでこの危機に対処できると信じた。一方で、AFFS2個メック連隊の指揮官たちは途方に暮れた……ゴースト連隊は重量にまさる戦力を配備していたように見えたからである。それにも関わらず、バーデン=パウエル将軍が攻勢に出るよう命じたとき、彼らはそうした。

 最初の二度の交戦は、ブリードの通常部隊が素早い反応をしめしたおかげで、手詰まりに達した。だが、三度目の大規模な戦いの結末は、まったく異なったものだった。グレームノフ大将は数十トン分の補給を倉庫から奪うことを望んで、ヘブロン軍事施設群を攻撃した。彼が獲得したのは、数千トン分の弾薬と交換パーツであり、そこにいた2個AFFSメック部隊を敗走させかけたのである。恒星連邦部隊の破滅の原因となったのは、立ち止まって戦ったことだった。彼らはメックを薄く展開し、装甲・歩兵の通常部隊を使って、中隊群と大隊群の間の穴を埋めようとした。残念ながら、それは機動力を諦めることを意味しており、DCMSはそこにつけ込んだ。グレームノフ大将は、かつてアンフィジーン軽強襲群を指揮していたことがあり、ゴースト連隊の重メック大隊群をまるでアンフィジーン軽襲撃部隊のように回り込ませた。彼の部下たちはAFFSの戦線を突き通り、施設群の中に陣取った。恒星連邦軍がこのゴーストと戦うために向きを変えたとき、臨時1個連隊が側面から彼らを叩いて追い散らし、時間を稼いだ。恒星連邦が立て直す前に、グレームノフは3隻の降下船に物資を積み込むことができたのだった。

 これはロビンソン特戦隊にとって戦場での敗北以上のものであった。彼らは戦闘能力の1/4近くを失っており、これが士気に大きな悪影響を与えた。ブリードの戦いの3週間目までに、ロビンソン特戦隊はほぼ役立たずとなっており、NAIS候補生部隊はそれより少しいいくらいだった。バーデン=パウエル将軍は彼らに対し、修理を受けることが出来て、援軍と共に帰還できる場所、ロビンソンまで行くように命じた。そのあいだ、将軍はブリードを使える限りの通常戦力で守るつもりだった。ロビンソン特戦隊、NAIS候補生部隊からの一定数のメック戦士(大半が教官や古参兵)もまた残った。

 7月30日、AFFSメック部隊の大半が惑星を離れ、ロビンソンに向かった。ゴーストは次の6日間激しく戦い、この時点で第4ゴーストが退去し、2個大隊がそれぞれ別々の世界を狙った。2個連隊分の仕事を行うべく、ブリードに残されたのは、ゴーストのメック、わずか1個連隊だけだった。彼らがセオドア・クリタを失望させることはなかった。

 移動し続けたゴーストは、バーデン=パウエル将軍にかなりのDCMSが惑星に残っていると信じさせた。彼らを追いかける代わりに、バーデン=パウエル将軍は10個連隊もの通常戦力を惑星の主要都市、基地に配備し、可能なときは逆襲を行うため、5個中隊の特戦隊、候補生部隊のメックを背後に残した。

 戦争全体における最大のジョークと言えるものは、この状況が3ヶ月も続いたことだ。ゴーストは襲撃を続けて、捕獲できるすべての補給を奪いながら、常に移動し続けて、彼らがいかに脆弱であるか知らせるのを妨げた。彼らは攻撃するごとにいくらかの損害を与えたが、正面からの戦いに足を踏み込むことはなかった。ブリードの防衛軍は三度見ぬきかけたが、ゴーストの幸運は、11月1日、サンドヴァル元帥が第1、第2ロビンソン特戦隊と共に上陸するまで保たれた。3日以内に、残ったゴーストはブリードを離れ、サンドヴァルと特戦隊が死にものぐるいで求めていた決定的勝利を与えなかったのである。



通過する船と安楽椅子将軍たち PASSING SHIPS AND ARMCHAIR GENERALS

 「ブリードの作戦は、大規模な集団による失敗だった」、そうコールベン・ディートリヒ(LCAF退役大尉)は、著書『愚かな失態』の第18章で述べている。残念ながら、多くの無知な「安楽椅子将軍」たちが彼に同意し、少なからぬ者たちが3039年戦争に対しても似たようなことを考えている。そのような判断をした者たちは、自身の無知を晒しているだけである。

 この戦争が「妥当」であったかどうかはさておき、3ヶ国の指導者たちが戦略的に正しい決断を下せたかどうか判断するには、彼らが入手できた情報を見なければならない。「ハンス・ダヴィオンが第二波の攻撃命令を下せば、ドラコ連合は生き残る道がなかっただろう」と言うのは簡単である。だが、そう言う者たちは、後知恵の恩恵を受けているだけなのだ。だれが、否定できるだろうか?

 ブリード争奪戦は、ちょっとしたことで状況が大きく変化したであろうことをあきらかにした。そう、バーデン=パウエル将軍がもう少し攻勢に出れば、ゴーストをブリードから追い出せたかもしれない。同じく、彼がいつまでも持ちこたえられるなどと最高司令部に言わなかったら、10月末よりずっと前に援軍を受け取っていたことだろう。

 しかし、それはブリードで生じた最悪の部分でさえない。AFFSの3個RCT(第15デネブ軽機兵隊、第2、第3ケチ戦闘部隊)は、7月に出発して、ほとんど守られていないイルーズンの世界に向かった。しかし、彼らは星系にたどり着く前に停止命令を受け取り、実現されることのなかったDCMSの攻撃に備えてロビンソン防衛に呼び戻されるまで数週間待った。そう、これらの3個RCTはイルーズンを容易に奪い取れただろうし、マーダックもうそうできただろうし、ドラコ連合の侵攻軍を撃破することさえできたのだが、そこは論点ではない。

 論点は、すべてを知ることなく下された決断が、正しいものだったのかということなのだ。良きにつけ悪しきにつけ。

 ジェニファー・デューレット准将著『本当の真実』、ニューアヴァロン・プレス、3059年





カルタゴ(9月) CARTAGO (SEPTEMBER)

 カルタゴは管領セオドアがオロチ作戦に承認した目標世界のリストに入っていなかったが、逆侵攻が進むにつれて、ハンス・ダヴィオン国王がまだ戦争の終了を望んでいないことがあきらかになっていった。セオドアの戦争計画立案者たちもまだ諦めていなかった。彼らは幅広い目標を選べば、ニューアヴァロンが逆侵攻の最終的な目的であることを恒星連邦の国王に確信させ、侵攻をやめさせることになるかもしれないと示唆した。カルタゴ強襲はそれほど効果が無かったが、ハンス・ダヴィオンが最終的に連合から部隊を呼び戻すことになるのを助けたのである。

 カルタゴ攻撃に関する重要な問題の一つは、送り込むメック部隊がなかったという事実である。ドラコ連合軍の大半は、「ダヴィオンの攻勢」に対応するため、すでに移動済みであった。ゴースト、リュウケン連隊群はすでにオロチ作戦に参加しており、トモエ・サカデが雇うことの出来た傭兵はル・ブランにいたことから、カルタゴの近くにいた唯一参加してない部隊は、プロセルピナの防衛を任された者たちだけだった。そして、セオドア・クリタは「防衛戦線を放棄する」ようにと将軍たちに命じていたのだが、彼でさえも重要な世界であるプロセルピナを守りなしに残すことはしなかったのである。

 管領は第9ベンジャミン正規隊(プロセルピナに残った唯一のメック部隊)に、1個大隊をカルタゴ攻撃に向かわせる認可を出した。第9ベンジャミンのホヒジョ・ブラッドバリー中佐は志願者に事欠くことはなく、よってこの大隊はプロセルピナを8月後半に離れ、9月21日にカルタゴ上陸を果たした。ブリードと同じように、これら連合のメック戦士たちは、移動し続け、頻繁に再組織し、カルタゴの防衛部隊にDCMSの1個メック連隊全体に直面していることを信じさせた。クローヴィスDMMはリュウケンのクロヴィス攻撃に対応するため再展開したので、惑星の防衛軍は3個通常歩兵、軽装甲連隊の手に残されていた。ブラッドバリー中佐のメックは発見できたすべての軍事目標を叩き、完全な1個連隊が1ヶ月戦うのに充分な消耗品を盗み取った。同じく、彼らは重要な通信、工業、商業の目標を叩き、それから1週間後、惑星を離れた。

 カルタゴから半狂乱の戦闘報告が届き、未確認ながらジョンソンデール、バーストゥ星系でドラコ連合の船が目撃されたことから、AFFS最高司令部は、DCMSがニューアヴァロンを狙った二度目の攻撃軸を実行できる確信してしまった。実際には、ブラッドバリーの志願者たちの仕事は終わっており、プロセルピナに戻ったのだった。




ル・ブラン(7月〜9月) LE BLANC (JULY-SEPTEMBER)

 オロチ作戦の一環として計画された個別の惑星強襲のうち、ル・ブラン攻撃はもしかしたら最も重要なものだったかもしれない。そして最もリスクが高いものでもあった。この世界を任されたゴースト大隊(トモエ・サカデ大佐指揮下)は、通常のように降下船で上陸する代わりに、様々な手段でル・ブランに浸透した。現在のように、当時もル・ブランは「開かれた世界」であり、重要な貿易ハブとして機能し、人気のある傭兵雇用所いくつかの本拠地となっていた(もっとも、これらの雇用所は氏族到来以降、名声と人気を失っている)。ホーマン・チョウケイ少佐は1個中隊を求職中の傭兵部隊と偽ってこの世界に移動させ、もう2個中隊分のメックを分解して、工業、農業メックの輸送品に紛れ込ませ、ル・ブランに輸送した。

 ル・ブランにはロビンソンDMMの本部もまた存在した。境界域市民軍は4つの世界に分散して配備されていたが、かなりの戦力がル・ブランに残り、主にフォート・メイスンのポート・パイクス外部に駐屯していた。これらDMM軍はサカデにとって重大な脅威であり、真っ先に排除せねばならないと彼女にはわかっていた。

 だが、ロビンソンDMMが唯一の攻撃目標ではなく、それどころか最も重要な目標ですらなかった。ドラコ境界域を脅かす、さらには合同軍の侵攻をはねのけるのに充分な戦力を欠いていることを管領クリタは知っていた。彼は助けを求めており、ル・ブランにはそれがたくさんあった――すなわち、仕事を求める傭兵部隊の軍団である。ゴーストのチョウケイ少佐は6月、傭兵指揮官数名にコンタクトを取った……それは侵攻の範囲が明らかとなり、彼の中隊と第4ゴーストの他部隊がプロセルピナに送られる前のことである。従って、彼はサカデ少佐が到着すると同時に、ゴースト大隊のニーズに沿った最高の候補者を示すことが出来たのである。

 サカデを驚かせたことに、傭兵との交渉は真摯かつ容易なものだった。これを助けたのは、疑いようもなく、サカデが傭兵の前にキャッシュか現物(ゲルマニウム含む)を積み上げたことである。彼女は、ほぼ3個大隊分(望みより少なかったが、任務達成には充分)のサービスを買い取り、すぐに彼らを第3、第4ゴースト連隊に見えるよう偽装した。7月6日、ゴーストと傭兵のうち多くがフォート・メイスンを攻撃し、長引く戦闘でロビンソンDMM3個連隊の生き残りが闘争した後に、これを占拠した。

 7月のあいだ、サカデはル・ブランに残り、ゴースト=傭兵の合同連隊を4個大隊規模の戦闘群に分割した(このうち3個はゴースト中隊に率いられた)。チョウケイ少佐は2個戦闘群と共にル・ブランに残り、サカデはその他の2個をドラコ境界域深くに率いた。1個戦闘群がドブソンを攻撃し、サカデは自らニュー・アイヴァーセンを叩いた。

 連合の兵士多数が出発したにもかかわらず、チョウケイはル・ブランを支配しかけた。ル・ブランの民衆(なにもされない限りは、自分の人生を生きることに満足していた)は戦闘の進展を妨げることがなく、DMMの惑星防衛をより難しいものにした。この重要な世界が確保されたあと、奪還のためロビンソンから第2ケチ戦闘部隊RCTが到着した。ケチ戦闘部隊の航空群指揮官、ウィリアム・コサック提督は、指揮下の戦闘機とRCTの戦闘降下船多数を使って、ドラコ連合軍に空中強襲をしかけた。攻撃の翌日、チョウケイの使える戦力がいかに小さいものか、コサック提督とRCT指揮官ホバート将軍は目のあたりにした。ケチ戦闘部隊は全戦力で攻撃を行い、航空群の戦闘能力と混成中隊の有効性が傭兵たちにショックを与えた。最終的に傭兵の大半が殲滅より降伏を選んだが、傭兵1個中隊が惑星から逃げ出した。チョウケイ少佐の中隊は最後の一人までもが死亡した。




ドブソン(9月) DOBSON (SEPTEMBER)

 ニュー・アイヴァーセンとル・ブランを除いて、ドブソン攻撃はオロチ作戦の中で最も不安定な攻撃となった。オロチ作戦の目標となった世界の多くが、比較的強力な軍事守備部隊を持っていたが、相当数のメック戦力がいたのはドブソンとニュー・アイヴァーセンだけだった。第2チスホーム襲撃隊は、第1襲撃隊の「供給」部隊としての役割を果たしており、侵略してくるどんな軍に対しても重大な脅威となる1個バトルメック連隊として存在した。

 敵が強かったことから、管領はドブソン戦役のために、ル・ブランで結成された傭兵/ゴースト連合大隊の1個を選んだ。実際、ドブソン攻撃は第2チスホーム襲撃隊を足止めするもののように見えるが、その推測を裏付ける公的な証拠は存在しない。

 ゴーストのドブソン攻撃は、連合のメック戦士と雇われた兵士たちにとって、悲惨なほど短いものとなった。彼らは9月前半に攻撃を行い、チスホーム襲撃隊に大規模な戦力と戦っていると思い込ませるため、機動戦を行おうとした。しかしながら、ル・ブランで雇われた傭兵には、ゴーストのメック戦士と緊密に活動するだけの時間が足りず、よって両戦力の連携はしばしば崩壊した。

 つい最近第2チスホーム襲撃隊の指揮官に就任したキリアン・リーゾン大佐は、ほとんど即座に敵の弱点を把握したが、7月に指揮官となったばかりであり、自連隊の能力をまだ知りつつあるところだった。しかし、彼には戦いの試練に直面するしか道はなかったのである。リーゾン大佐は第10デネブ軽機兵隊から異動してきたので、機動戦術には詳しかった。しかし、部下たちはかろうじてそれを理解できるのみだった。これによってゴーストはできる限り生き延びることが出来たのである。

 リーゾン大佐はメック戦士たちに彼らが持つ真の力を見せつけるために、先頭に立って指揮せねばならなかった。連隊で最も重量があり、最も機動力の無い大隊を直接指揮した彼は、やってのけたことによって敵と部下の両方を仰天させた。最初に彼は通行不可能と思われていた山道でゴーストを攻撃し、最初の一時間で1個中隊以上を撃破して、ドラコ連合の戦闘群を退却に追いやった。リーゾンは3日間以上激しく押しまくり、退却のため降下船に急ぐゴーストに引き離されることがなかった。リーゾンは逃げるチャンスを与えず、南極に近いポート・エンジェルで最後の戦いを行った。両大隊は、山脈と深い雪の中で戦闘を行い、共に崩壊しかけた。最終的にゴーストは数メートルの厚みがある氷原の上を通って退却したが、氷には薄いところと割れ目があったのである。ドラコ連合の降下船の一隻は、上陸後に氷の中に落ち、数機のメックを道連れにした。一部のメック戦士が敵でなく氷を目標としたために、両陣営のメック数機がさらに似たような運命をたどった。

 部下たちが水の中に飲み込まれるよりはと、リーゾン大佐はすぐ大隊の生存者たちに撤収命令を出した。ゴーストは直後に退却した。




ニューアイヴァーセン(8月〜10月) NEW IVAARSEN (AUGUST-OCTOBER)

 管領と彼の妻は、ニューアイヴァーセンを目標にするのには大きなリスクが伴うと気づいていた……おそらくはあまりに大きすぎるリスクが。この世界は強力な市民軍と正規バトルメック部隊に守られていただけでなく、第1ニューアイヴァーセン追撃隊はドラコ連合を憎んでいることで知られていた。連合がこの惑星を支配していたときの名残である。セオドア・クリタとトモエ・サカデは、単純に強い敵よりも、高いモチベーションを持った敵のほうが危険になることを承知していた。悪いことに、ニューアイヴァーセン侵攻は、ル・ブランの作戦成功により予想しやすいものとなっており、それは追撃隊が敵の侵攻に準備万端だろうことを意味した。それにも関わらず、オロチ作戦は、ドラコ連合が全力で攻撃を行い、ロビンソンが脅かされているとハンス・ダヴィオン国王、サンドヴァル元帥、AFFS最高司令部に信じさせることにかかっていたのである。管領にとっては不幸なことに、ニューアイヴァーセンはロビンソン強襲の入り口であり、ここを攻撃する他に選択肢はなかったのだ。

 オロチ作戦の成功は、ニューアイヴァーセン攻撃を任された部隊が、追撃隊にDCMSの侵攻は本物であると思わせる手腕にかかっていた。従って、管領はこの重要な作戦の指揮をトモエ・サカデに託した。彼女は、ゴーストのメック戦士と傭兵の1個大隊と共にル・ブランを離れたが、惑星を叩く前にニューアイヴァーセン星系で第4ゴースト連隊の第1大隊と合流した。

 連合の兵士たちがニューアイヴァーセンに上陸したその瞬間、民衆は怒り狂い、パニックに陥った。ドラコが全面的な逆襲に打って出たという話はすでにドラコ境界域の人々の耳に届いていた――ポール・スティーブンソン公爵は、ブリード、ル・ブランへの攻撃のニュースを抑えようとしたかもしれないが、それは成功しなかった。パニックはサカデ大佐の手でもてあそばれた。彼女は小都市とニューアイヴァーセンの二次的な目標を叩き、惑星にさらなるパニックと不安をばらまいた。

 二週間かけてこのような攻撃を成功させた後、彼女はより重要な軍事目標に注意を向けた。これらの軍事施設の大半はよく守られているが、守備隊は警察活動の手伝いと暴動鎮圧その他で忙殺されていた。追撃隊のみがこれらの任務を免除されており、二人の指揮官のあいだで惑星レベルの壮大なチェスゲームが始まった。

 この戦役において、ゴーストは数度だけ追撃隊と交戦した。厳しく決定的な戦いだった。ニューアイヴァーセンの住人(特に政治家やその他の影響力ある者たち)が反対したにもかかわらず、ポール・スティーブンソン公爵とレジナルド・スティーブンソン少将(追撃隊指揮官)は、重要な目標を守るため小隊、中隊を分散させるのを拒否し、連隊が充分な戦力でサカデの動きに反応できるようにした。

 最初の一ヶ月、スティーブンソン将軍はゴーストがどれだけの規模か知らなかったが、サカデと傭兵/ゴーストの混成戦闘群を捕まえかけたブルース外部での交戦後、疑問を持つようになった。ゴーストはメック全2個連隊を運ぶのに充分な輸送船を使っていたが、将軍の情報幕僚が出した報告によると、数が多いようには見えなかった。追撃隊はサカデを捕らえる罠をしかけたが、三度失敗したあと、フォート・ボーメンの外で偶然、ゴーストに出くわした。結果、ゴーストは退却し、メックの約半数を戦場に残していった。

 サカデとゴーストは戦い続けたが、最終的に損失はあまりに大きいものとなった。10月半ば、この世界に上陸してから6週間もしないうちに、サカデは部下たちがもう戦えないことを知った。追撃隊に容赦なく追い立てられながらも、ドラコ軍はそれから2週間持ちこたえ、ついにサカデが退却命令を発した。最終的に、メック2個大隊はかろうじて2個中隊というところまで減っていたが、管領に命じられた任務を完遂したのである。



大胆不敵の代償 THE PRICE OF AUDACITY

 オロチ作戦は、信じられないほど大胆で、ドラコ連合にとって災厄となる可能性があったが、すべてが終わるまでその真の危険性に気づいた者はなかった。連合の支払った代価は予想よりも大きなものとなった。

 3039年半ば、DCMSは必要な弾薬と交換部品が瞬く間に不足していくこと、損害を埋めるため大規模な募兵をせねばならないことに気づいた。さらに深刻なのは、DCMSが軍事力を完全に動員するのに必要な航宙艦と降下船を持っていないことだった。セオドア・クリタは戦争を行うのに必要な輸送力を得るため、連合の商船隊全体を国有化せねばならなかった。これは、終戦してからずっと後まで、重要な食料、医薬品、技術部品の輸送が削減されることを意味する。

 戦力の移動は連合が生き残るために必要不可欠なものだったが、その反響は国家をほとんど引き裂いた。十数の世界で倉庫の食料が腐っていく一方、貧しい植民地はわずかな蓄えで堪え忍ぶことを余儀なくされた。燃料と水の輸送はほぼ完全に干上がった。多くの商品が高騰したが、メーカーや卸売業者は戦争が終わるまでそれを現金化できず、その時点で供給過剰により打撃を被ったのだった。

 さらに悪いことに、徴用された無数の降下船、航宙艦のオーナーたちには少額しか支払われないか、まったく支払いがなく、多数の独立業者が倒産し、大手すらも一部が倒産に追い込まれたのである。このことと、逆襲が始まった時に降下船がほとんど奪われていたという事実が組み合わされ、連合の生活が通常に戻るまで長い時間がかかったのである。

 ドラコ連合を救うための軍事的な企ては、国家の経済を本質的に破壊した。実際、完全に回復したのは、氏族が現れたときだった。それにも関わらず、ドラコ連合は戦争を生き延びた。かろうじて。





クローヴィス(8月〜9月) CLOVIS (AUGUST-SEPTEMBER)

 クローヴィスはリュウケン=ゴ第1大隊の目標となった。管領が直々にコーサVII、エクセスター強襲を率いる一方で、エンジェル・オチョア大佐は指揮下の連隊をクローヴィスに導いた。名目上は境界域市民軍RCTの本拠地であるのだが、クローヴィスの守りは薄かった。この数十年間、クローヴィスDMM(ドラコ境界域市民軍)はカルタゴに本部を置き、戦力をカルタゴ、クローヴィス、PDZ主星ケンタレスIVに分散していたのだ。実際、クローヴィスに配備された守備隊は、ほとんどDMM通常部隊の訓練隊に過ぎないものであり、よって書類上は6個連隊に守られていることになっていたのだが、実際の戦力はかろうじてその半分といった程度だった。

 オチョア大佐は8月11日に上陸し、境界域市民軍の訓練施設、兵器庫、兵舎を目標にして、すぐ防衛側を混乱に陥れた。二週間目までに、リュウケンはクローヴィスをほぼ自由に動き回っていた。それから11日使って、彼らは補給物資を盗み、知られている境界域市民軍の施設すべてを破壊していった。カルタゴのクローヴィスDMMが動いたとの話を聞くと、彼らはクローヴィスを離れ、次の目標であるドネヴァルIIに向かった。

 8月の最終週、DMMの混成旅団がついにクローヴィスに到着すると、彼らはやるべき後片付けがたくさんあるのを発見した。DMMの全隊員が再建を支援したことから、第9ベンジャミン正規隊によるカルタゴ強襲への対応が不可能となった――この事実はDMMを何十年も苦しめることとなる。




ドネヴァルII(9月〜10月) DONEVAL II (SEPTEMBER-OCTOBER)

 クローヴィスを離れた後、エンジェル・オチョア大佐と彼女のリュウケン=ゴの第1大隊は、即座に、人口の少ない健康な農業世界、ドネヴァルIIへと向かった。全員が志願兵からなるこの世界の市民軍は、相当数の高速戦闘ホバークラフトと、2個大隊分の重火器搭載用に改造されたグローメットを配備していた。

 オチョア大佐は南方大陸のロッシェ・フォインに上陸し、古い鉱業施設群を奪い取った。そこから、リュウケン=ゴは惑星最大の居留地に攻撃をしかけ、ドネヴァルIIにある指揮統制施設を破壊しようとした。しかしながら、この惑星の分権型社会はそれを不可能とした。市民軍は、戦闘車両、武器、弾薬を決まった兵器庫に収めすらしなかったのである。この世界の人口は少なかったことから、市民軍の「士官」たちは、部隊に配備された装備の安全について信頼していた……特に市民軍が使っている車両の相当数と農業メック全機は、農業と兼業になっているので。

 これによってドネヴァル市民軍は一日で動員されたが、世界各地の攻撃に即応する能力は欠いていた。二ヶ月後、リュウケンは襲撃の回数を大きく減らし、奪取した鉱業施設群を、大規模な侵攻軍を支援できるような基地に変えることに力を注いだ。この策略は、ドラコ連合がこの惑星に数個連隊を集めているという幻想を作り上げる助けとなった。

 数週間かかったのだが、市民軍はついに戦力の大半をロッシェ・フォインに終結させるのに成功した。驚くべきことに、オチョア大佐とメック戦士たちは、一時的な基地から100キロメートル以内に入るまで、市民軍を探知することが出来なかった。リュウケンは農民の強襲と戦うため打って出た……素早く簡単に市民軍を片付ける自信があった。だいたいはそうなった。農業メックとホバーによる隊形は、予想と違って負かすのが難しいと証明されたが、リュウケンのバトルメックはドネヴァル市民軍の大半を破壊した。数個独立ホバー車両中隊がどうにか迂回を成し遂げ、リュウケンの基地を攻撃し、パトロールするメック2個小隊と技術・支援要因に遭遇した。オチョア大佐は基地を守るためにメック1個中隊を派遣し、彼らは直ちにそれを実行した。

 同日、ドネヴァル市民軍は車両と農業メックの3/4を失い、後退した。オチョア大佐は市民軍を罰するために報復攻撃を行ったが、数少ない惑星の軍事・政府目標はすでに破壊されており、まともな目標は不足していた。しかし、彼女は10個連隊を6ヶ月間養うのに充分な余剰の食糧を強制的に提供させた。

 第15デネブ軽機兵隊が10月後半に到着した。イルーズン攻撃を止められて、ロビンソンをあり得る攻撃から守るために呼び戻された第15デネブのメック戦士と兵士たちは、戦いへの備えが出来ている以上のものがあった。ドラコ連合の脅威を瞬時にドネヴァルIIから排除しようとした彼らは、メックの大半をリュウケン=ゴ臨時基地の真上に降下させ、RCTの装甲部隊をその周辺に上陸させた。

 第15デネブは即座にリュウケンの戦士たちを圧倒した。リュウケンは降下船に戻ろうとしたが、デネブの前衛部隊に突っ込んだだけだった。オチョア大佐の部下たちは懸命に戦ったが、またも圧倒されかけ、それから流れ弾が降下地点近くの臨時穀物サイロに火を付けた。その結果、引き起こされた爆発は、残ったリュウケンの逃走を混乱させるのに充分なものであった。リュウケンのメック戦士の内、生き残ったのは一人きりだった。それは彼女がメックの中で気絶していたからである。残りは、AFFSの手に落ちるよりはと自ら死を選んだ。




コーサVII(8月〜11月) XHOSA VII (AUGUST-NOVEMBER)

 管領クリタは直々にコーサVII強襲を率いた。7月、セオドアとリュウケン=ゴは連合/恒星連邦の国境を越え、8月3日にコーサを叩いた。しかしながら、セオドア・クリタはリュウケン=ゴ全体を連れていなかった……1個大隊がクローヴィスで作戦を続ける一方、第3大隊を緊急即応用として航宙艦に残したのである。管領は激しい攻撃を行った。まず最初にジンティの外に着陸し、この都市の倉庫を奪い取った。いつもならダヴィオン軽近衛隊の本拠地となっているジンティは比較的小規模な守備隊がいただけだったが、軽近衛隊の物資と補給を大量に収めていた。リュウケンは重い損害を出したが、ほぼ運べる以上の戦利品と共に逃げ去り、数ヶ月活動するのを可能とした。

 管領は8月の大半をコーサVIIで過ごし、次々と新しい目標へと叩いていった。ここでセオドアはついに航宙艦のリュウケン大隊を呼び寄せ、あたかも別の連隊が来たのかのように防衛側に思い込ませた。2個リュウケン大隊は協力して働き、また個別に動き、さらにコーサの市民軍を混乱させたが、第一の目標である基地と施設は軽近衛隊が占有していた。

 8月26日、管領はこの世界を離れ、エクセターに向かう一方で、第3リュウケン大隊はコーサで襲撃を続けた。驚くべきことに、11月前半までAFFSがリュウケンと戦うためにまともな戦力を送ることはなかった……9月に1個「自由」装甲連隊が上陸していたのだが、リュウケンによる統制された空中、地上の奇襲攻撃で、その半数が餌食となっていたのである。ウィンストン・ヴァスカーシアン元帥率いる第7南十字星部隊と第2アイヴァーセン追撃隊がカトマンドゥから到着し、惑星上にいるとされる2個バトルメック連隊と戦うために戦力を配置した。しかし、空中偵察によって、ドラコ軍はかろうじて大隊規模であることが判明し、それに戦えるだけの部隊が素早く送り込まれた。1時間かからない戦闘によって、リュウケンは追い払われた……彼らは激しい砲火の中で離陸し、降下船1隻と1個メック中隊以上を失った。

 リュウケンは数千トンの補給と共に脱し、ダヴィオンの勝利を曇らせた。リュウケン大隊は英雄としてドラコ連合に帰還した。彼らは仕事を上手くやってのけたのだ。




エクセター(9月〜10月) EXETER (SEPTEMBER-OCTOBER)

 管領セオドア・クリタにとって、エクセターはオロチ作戦の最終地点であった。ドラコ軍がエクセターにたどり着くまでに、ハンス・ダヴィオン国王が彼のブラフに引っかからなければ、作戦すべてが失敗することが彼にはわかっていた。さらに、もし管領の兵士たちが恒星連邦のさらに奥深くまで突っ込んだら、AFFSに逃走経路を断たれることになるだろう。(決して公式に確認されることはないが、DCMSが連合の国境からジャンプ1回の無人星系に聴音哨を維持していることが長きにわたって疑われていた……オロチ作戦のあいだ、セオドア・クリタは侵攻部隊のすべてが国境から60光年以内に残ることを確実とし、必要ならそれらの星系のひとつを使う機会を与えた)

 クリタとリュウケン=ゴの第2大隊は、エクセターの最も重要な宇宙港(星間連盟最盛期に建設された人口島の施設)に上陸した。撃たれながら下りるのを避けたかったドラコ軍はフリーランスの貨物輸送業者に化けて、古ぼけたミュール級2隻に乗ってきた。実際、彼らは惑星での最初の3日を補給物資の購入と、輸送契約を探すことに費やした。そうしているあいだ、部隊の降下船の残りがやってきた――それは1個連隊分の軍隊を運ぶのに充分なものだった。

 これらの降下船が軌道に入る前の夜、管領は攻撃をしかけ、宇宙港全体と、惑星最大の都市、シャイロンの大半を手にした。この日に上陸した本物の降下船艦隊はほとんど空であったが、1個連隊が到着したと容易に偽装できるものであった。セオドア・クリタは強襲を続け、一週間の作戦で、エクセターの市民軍をほぼ無力化した。

 これによって、エクセターの大規模な輸送ハブであるシャイロンの倉庫多数を襲撃する機会が与えられた。9月の後半、第1NAIS候補生部隊がロビンソンから到着した後でさえも、クリタは自由に活動を続けた――第1NAIS候補生部隊は機動性の面で優位を持っていたが、セオドア・クリタとリュウケンはより積極的だったのである。10月前半、第4ダヴィオン近衛隊が到着すると、管領は退却するときが来たと確信した。

 しかしながら、ユージン・ドライバーズ元師は連合兵に逃げられることに満足していなかった。近衛隊が上陸するやいなや、リュウケンはシャイロンと人工島の宇宙港に後退した。ドライバーズ元師はシャイロンに移動し、宇宙港と都市を結ぶ狭い各橋を強襲する準備を行った。攻撃を行う前に、彼は志願者からなる2個中隊(ウェンディ・アダムズ大尉指揮)を水中に送り込み、海際から宇宙港を叩こうとした。3名を除き、全メック戦士が上陸に成功した。アダムス大尉のメック部隊が海中から上がってくると、ドライバーズ元師は波間の上にホバークラフトを走らせ、同時にメックが接続橋を通って5キロメートルの前進を始めた。

 管領は降下船への戦闘退却を行った。セオドアのメックは撃ち倒されかけたのだが、部下のメック戦士たちが彼を司令降下船に押し込み、彼が安全なところに逃げるまで戦線を保ち続けた。リュウケンの降下船2隻と、地上で徴発した3隻は、滑走路を離れることが出来なかった。管領は大隊の大半、シャイロンで奪った18000トン分の補給物資と共に脱出した。




ロチェスター(8月〜10月) ROCHESTER (AUGUST-OCTOBER)

 ロチェスター攻撃にはひとつの目的があった……ドラコ連合が真剣にロビンソン、ドラコ境界域の主星にしてサンドヴァル先祖代々の故郷(ロビンソン)に向かっているとAFFS最高司令部に思い込ませ、脅すためである。かつて星間連盟時代の技術により、ロチェスターは緑豊かで肥沃な世界だったが、継承権戦争で不毛な土地となり、生命と呼べるものはなくなった。この世界に残った唯一の人々は、第一次継承権戦争の破壊をひっくり返そうとする研究者たちと、惑星のほぼ尽きた資源を掘ろうとする鉱夫たちである。この惑星で防衛隊と呼べるものは、地域の保安官と鉱山会社の警備隊だけだった。宇宙港でさえも、かつての堂々とした施設はこの三世紀でがれきと化し、片隅にある広がったフェロクリートに過ぎないものとなっていた。

 実際、「攻撃」という言葉は、この世界ではかろうじて適用されうるものだった。8月にブリードを離れた後、第4ゴースト連隊の第2大隊はロチェスターに上陸し、直ちに宇宙港の支配権を奪い取った。彼らは他の居留地に数度の偵察襲撃を行い、通信アンテナ、宇宙管制監視システムを破壊した。これらの攻撃は、この星系内でなにが起きているか把握できるのがゴースト連隊のみであることを確実とし、ゴースト連隊が大規模な前進基地(複数連隊でのロビンソン強襲を支援できるようなもの)を設営しているとロチェスターの民衆に思い込ませることが可能となった。

 このニュースと、その他のおおざっぱな諜報報告により、シュタイナー=ダヴィオンの最高司令部は第二波の攻撃命令を待っていたすべての戦力を呼び戻したのである。このうち最も重要なのは、イルーズン奪取を任されていたタスクフォースである。3個RCTのすべてが即座にロビンソンに向かったが、最終的にドラコ連合のドラコ境界域侵入に対処すべく再配置された。

 10月の最終週、第3ケチ戦闘部隊RCTは、大規模なドラコ連合侵攻軍に直面することを予想しつつロチェスターに上陸した。実際、充分な援軍が南十字星境界域からやってくるまで数ヶ月かかりそうなことから、ケチ戦闘部隊はどのような犠牲を払ってもDCMSのタスクフォースを遅らせるよう命令を受けていた。ケチ戦闘部隊はこの世界にいるのが、メック1個大隊だけなのを見て驚いた。ゴーストは手早く片付けられ、軽い抵抗の後で撤退していった。

 ゴーストの任務はセオドア・クリタの最も虫のいい望みを超えて成功した。この策謀は功を奏し、数週間以内に、オロチ作戦に参加した数個連隊がドラコ連合の国境まで退却したのだった。









第二波のその他の作戦 OTHER WAVE TWO ACTIONS

「戦争を開始するのは老人だが、戦って死ぬのは若者である」
 ――ハーバート・フーヴァー

「坊やたちをよく訓練するがいいだろう。さもなくば、この年寄りに太刀打ちできないぞ」
 ――ナターシャ・ケレンスキー

 DESTがヴェガを攻撃した後、戦争の流れは著しく変化し、ドラコ連合が主導権を取って同盟軍は守勢に立たされた。LCAF、AFFSによる襲撃はほとんどないまでに減少した……なぜなら、同盟軍のリソースは、勢いが弱まった攻勢の下支えと、予想される侵攻と逆襲に備えて防衛戦線を強化することに注がれたからだ。その大きな例外は、恒星連邦とカペラ大連邦国のあいだに勃発した対立である。カペラ境界域の部隊はカペラに一連の報復襲撃を行った。




ドラコ連合の作戦 COMBINE OPERATIONS

 ドラコ連合にとって、襲撃はこの紛争の中心となった。侵略された数多の世界に対する逆襲に加えて、DCMSは、オロチ作戦(管領による命名)、ドラコ境界域に対する大規模な逆侵攻に着手した。ロビンソンへの進撃は、DCMSが見かけよりも強力であるとハンス・ダヴィオン国王に思わせる意図があったのだが、実際のオロチ作戦は少ない戦力を大きく見せる強行襲撃の集合体だったのである。ゲイルダン=ベンジャミン戦線に注視したセオドアの逆侵攻は、少なくとも短期的には、ディーロン戦線にかかった圧力をほぼ軽減することがなかった。同時期、ディーロンの太守ノケツナは、ヴァネッサ・ビスラ大元帥の軍がさらに地球回廊の基地から移動しているとの諜報を受け取った。これによって太守は、第一波に始まった襲撃を続け、この地域への「強行偵察」を追加命令することになったのである。




フォーマルハウト(7月) Fomalhaut (July)

 太守ノケツナの情報士官たちは、この数十年間、第2ダヴィオン近衛隊がフォーマルハウトを故郷と呼んでいることを知っており、複数連隊による侵攻以外では強力な防衛で手早くはねのけられるであろうことがわかっていた。一方で、これまでのところ7個ダヴィオン近衛隊RCT旅団のうち4個だけが戦争に参加していると報告されており、ノケツナにはこれらエリート部隊のすべてが侵攻において重要な役割を果たすであろうことがわかっていた。フォーマルハウトと第2近衛隊を攻撃すれば、大きな損害を負い、参加したすべての部隊が退却することになりそうだが、ノケツナは第2近衛隊が大規模な戦争に参加するのを妨げられるのなら正統な対価であると考えた。

 皮肉にも、第36ディーロン正規隊がフォーマルハウトにたどり着くまでに、第2ダヴィオン近衛隊はすでにアルタイルに上陸していた。近衛隊は本拠地を完全に無防備としたわけではなかった……フォーマルハウト市民軍は5個連隊を誇り、よく第2近衛隊と演習をしていたのである。一方で、市民軍は少数のバトルメックしか持っておらず、歩兵は対メック戦術に習熟していたのだが、究極的にはディーロン正規隊の重マシンにはかなわなかった。

 素早い一撃離脱戦をしかけることはなく、第36ディーロンは戦争が終わってしばらく経つまでこの世界に残り、反乱セルを鎮圧し続け、フォーマルハウト統合の手助けとした。その後、ディーロン正規隊はついに第2ダヴィオン近衛隊と戦場で相まみえたが、それは彼らが選んだ時と場所ではなかった(「官僚機構の犯罪」参照)。




クエンティン(7月) Quentin (July)

 ディーロン本部にいた太守ノケツナの士官たちは、その多くが7月にクエンティンを二番目の大規模な襲撃先に選んだことにかなりのリスクがあると見ていたが、元帥自身はフォーマルハウト攻撃と同じように、得られるものがあると信じていた。普段、クエンティンは第22アヴァロン装甲機兵隊の本拠地となっていたが、信頼できる報告によると、この部隊の大半がすでにテロスIVにいるとされていた。さらに、この世界は、遙か昔に継承権戦争でドラコ連合が失った、重要な戦略目標でもあった。恒星連邦で有力な軍需品生産業者のひとつであるインディペンデンス兵廠がクエンティンに所在しており、もしDCMSがその生産品の一部でも得ることが出来れば、余剰物資がドラコ連合の戦争負担を緩和する長い道を向かうことになるだろう。

 予想されるように、クエンティンの守備が最も集中しているのは、いわゆるスティール・ヴァレー、この世界の重工業の大半がある二つの山脈に挟まれた広大な地域であった。つい最近、結成された第40ディーロン正規隊は、実に苦労して谷の防衛を突破し、インディペンデンス兵廠の工場に入った。惑星守備隊に加えて、インディペンデンスの雇用者たちがジャガーメック、マローダー、ヴィクター、アトラスの5個中隊を侵攻軍に向けた。ディーロン正規隊は気圏戦闘機大隊を使って敵を痛めつけたが、ディーロン正規隊が工場の境界線を突破して抵抗を終わらせるまでに、インディペンデンスのジャガーメックが多額の通行料を支払わせたのだった。

 第40正規隊は数ヶ月スティール・ヴァレーに残り、メックを修理し、各工業施設から取れるだけのものを取った。アヴァロン装甲機兵隊が戻らないことがわかると、ノケツナは第40ディーロンは追加の通常部隊を送り、全惑星を平定できるようにしたのだった。




自由世界同盟の作戦 COMBINE OPERATIONS




アリオス、コル・カロリ(7月〜9月) Alioth and Cor Caroli (July-September)

 シルバーホークのグリフォン連隊は、7月10日、ライラ共和国を襲撃すべく出発し、6日後、最初の目標地点であるアリオスを叩いた。パイレーツポイントに到着した襲撃部隊は、直ちにこの緑豊かな世界を攻撃し、首都ワリンザーを占領して、地元政府に対し退去してほしいなら課徴金を支払うよう要求した。このような侵入を撃退するためディーロン方面から兵力が移動していることに気づかなかった地元政府はグリフォン連隊の要求に応じた。グリフォンは言葉を守り、戦利品(価値あるサングアバ)を降下船に積み込むとすぐに出発した。だが、自由世界同盟に戻ることはなく、すぐに隣のコル・カロリを強襲したのである。

 連星の複雑な天体の動きによって、マーリック襲撃部隊は目標まで6時間以内のパイレーツポイントにジャンプすることが可能となり、地元防衛部隊の大半が攻撃を受けていると気づく前に上陸した。地元市民軍の装甲車両と幾度かの衝突があったが、首都コリオラスを占領すると、すぐに抵抗は収まった。ゆすりたかりで終わったアリオスとは違い、鉱物資源豊富なコル・カロリの占領は長引く危険性があった(といってもシルバーホーク兵は併合する姿勢をほとんど見せてはいなかったが)。地元政府は、グリフォンの滞在が長引くほどに懸念を強めた……特に、グリフォンが逆襲に備えて防衛陣地を構築し始めてからは。9月前半までに、コル・カロリ民の神経は限界地点にまで達し、逆襲と市街戦で重要施設が破壊される前に惑星を出て行くならかなりの額の「インセンティブ」を支払うとカロリ鉱業コンソーシアムが申し出た。グリフォンはこれを断れなかった。




indexに戻る
inserted by FC2 system