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作成:2015/01/16
更新:2015/03/06

年代別レポート: 2750年 Era Report: 2750



 "Era Report 2750"は、アマリス内戦(2766年)直前、最盛期の星間連盟を解説したソースブックです。星間連盟各所属国家の主な部隊、著名人物などについてまとめられています。
 翌2751年に、辺境世界共和国のスターズエンドで第一君主サイモン・キャメロンが「事故死」し、星間連盟崩壊への序曲が始まることになります。




再統合

 2574年は嵐の前の静けさであった。2月、星間連盟評議会は反抗的な辺境国家を従わせるため、一連の厳しい貿易規制、輸入関税、税金の法案を通した。これらのやり方は辺境の抵抗を強めただけで、評議会に対するいらだちを強めた。辺境とのビジネスのコストは、文字通り一夜で三倍になった。狼狽する企業家たちは補填のために価格を引き上げ、投資家たちは来るべき事件を推測し、投機を行ったことから、株式市場は激しく上下動した。大衆にとっては、急激なインフレで輸入品が手に届かなくなったのと同時に、過剰に溢れる輸出できなくなった商品の惨めな切り下げを見ることになった。ファー・スター・トレーダー社(ライラの輸送会社)は、辺境の貿易規制によって8月に破産を申請した。他の企業の多数は、経済が混乱する次の二ヶ月間、先例にならった。草の根運動「辺境の洞察」は、星間連盟中で辺境国家への制裁を緩め、消費財の価格安定を促す抗議活動を実施した(ただし、ドラコ連合とカペラ大連邦国では顕著に行われなかった)。

 「辺境の問題」に取り組むため、キャメロンは議会君主たちをポラックスでの緊急会議に呼び出した。ダヴィオン、クリタ、シュタイナーは即座の軍事行動を支持したが、リャオとマーリックからの支持はなかった。この会談は12月のあいだ続いたが、まったく進展はなかった。休暇を挟んで、新年まで持ち越される雰囲気があった。キャメロンは懸命に働いたので、実現の近い夢が手からこぼれ落ちることはなかった。12月19日の集まりで、彼は、辺境国家に平和の選択肢を与えつつ戦争につながるであろう最後通牒を提案した。評議会が合意すると、キャメロンは次の週を使って文章を書き上げた。2575年1月2日、評議会を招集し、キャメロンはポラックス宣言を出した。三次元ビデオと印刷された文章が、即座に外交文章輸送航宙艦によって、各辺境国家の首都に配達された。返答までに三ヶ月が与えられた。





星間連盟遠征軍

 星間連盟防衛軍は2571年8月22日に創設され、シャンドラ・ノラフが最高司令官に就任した。キャメロンの望みに従い、ノラフは既知宇宙の50パーセントの軍事力を持つのを目標とした多国籍の集合体を作り上げた。26世紀の前半、HAFは数十年におよぶ予算カットで弱体化していたが、それでもなお他の国を超える大規模な軍隊を維持していた。100個以上のHAF連隊がSLDFの中核を形成した。追加の約100個連隊が王家軍から引き抜かれ、2575年までにSLDFはおよそ300個連隊となった。そのうち半数がバトルメック連隊であった。

 戦争計画が準備されていくに従い、SLDFが領土を守り、辺境との戦争を遂行するのに充分な戦力を持ってないことが明らかになった。さらに、500隻以上の主力艦を持っていたにも関わらず、SLDFは輸送力に重大な不足をきたしていた。2575年4月26日、イアン・キャメロンは指令22を発布し、星間連盟遠征軍(SLEF)を作り上げた――辺境との戦争を遂行するためというのは明らかだった。SLEFは、SLDFの全体に加えて、王家軍から引き抜いた追加戦力と輸送力を持ち、星間連盟の軍事力は300個連隊以上になっていた。SLEFは最初の実戦配備として159個連隊を動かし、2575年3月から2576年12月のあいだに、恒星連邦のタウラス連合沿いに移動させた。

 指令22の指示通り、SLEFは2597年3月21日――辺境との戦争が終わってから180日後、公式に解散した。実際には戦闘で鍛え上げられた古参兵たちがSLDFに組み入れられたのだった。

 ――ストーム・ザローデク著『戦時報告』スカイアプレス発行、スカイア、3087年




準備

「牛肉と鉄と鋼の馳走を与えれば、狼のように喰らい、悪魔のように戦うことだろう」
 ――ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー五世』、1599年

 辺境に対する戦争が決まると、キャメロンは軍事と民間に対する準備を行った。星間連盟総務局(BSLA)は世論操作を任され、マルチメディア・プロパガンダ・キャンペーンにより辺境を中傷し、戦争を担ぎ上げることになった。BSLA局長、ミッチェル・デグレーソン公爵がそれを拒否すると、キャメロンは彼の地位と称号を奪い取った。デグレーソンは結婚式でキャメロンの付添人を務めた人物である。この地位剥奪を声高に宣伝すると、キャメロンの政策に対する抵抗は排除された。

 2575年3月1日、辺境独立州からの大使、グレンデル・ロバーツが星間連盟宮廷に到着した。カノープス統一政体、外世界同盟、タウラス連合を代表するロバーツは、ポラックス宣言に対する簡潔で激しい拒絶を示し、ほとんど侵略できるものならやってみろという挑発を行った。

 辺境世界共和国だけは星間連盟の条件をのんだ。統一を支援するために、グレゴリー・アマリスはマンチェスター指令を出した。これは〈戦いの時代〉以後に退役軍人会となった「リフト共和国軍」の会員であることを非合法化するものだった。ポラックス宣言とマンチェスター指令への怒りが、辺境世界共和国内で新たな争いを生み出した。4月23日、アポロの労働者たちは、大規模なストライキを起こした。アマリスは秩序回復のため、第4アマリス竜機兵団を送り込んだ。準備が出来ておらず、たいした抵抗を予期していなかった竜機兵団は、長引く衝突で圧倒された。ストライキ中の労働者たちは、アマリスが軍隊を出したことで大衆の信頼を損ねたと主張し、辺境臨時政府(RPG.)の樹立を宣言した。アマリスは首都を鎮定するため、第7アマリス軍団と、第8アマリス機兵連隊を展開した。両連隊はすぐさまRPGの側に付いた。これによって、アマリスと忠誠派の部隊は、首都を脱し、アマリス・アイランドの所有地に落ち延びた。この件はすぐ共和国内に広まり、7月までに、内戦状態となった。

 シャンドラ・ノラフ=キャメロンは戦闘計画を策定し始め、すぐにこの任務の巨大さが明らかになった。追加の戦力が必要となったのである。新生SLDFは200個以上の連隊と、倍の数の戦艦を持っていたが、キャメロンの望んだ電撃戦を実行しつつ、友好国内で重要な活動を維持するような兵士と輸送能力は存在しなかった。4月26日までにキャメロンは指令22を出した。これが命令するところは、星間連盟所属国家に自国軍からSLDFに兵士を拠出させ、そこから星間連盟遠征軍(SLEF)を作るというものである。戦争遂行のため、各辺境国に応じた3つの地区作戦部隊(ROCs)が作られた。7月、辺境世界共和国のために4つめのROCが作られた。

 タウラス連合が最初に侵攻される国になることが予想されていた。タウラスは辺境で最も強大な国家であり、よってシャンドラは決定的な戦役を行うことで、他の国に侵攻する必要をなくすことを望んだ。次の18ヶ月間、星間連盟の第1、第3、第4、第6軍団が、恒星連邦/タウラス連合国境沿いの展開地点に配備された。配備の途中の11月14日、シャンドラは心臓発作に見舞われた。彼女は生き延びたが、回復には数ヶ月が必要だった。キャメロンは副官のダングマール・リーに指揮権を渡すよう彼女を説得した。

 星間連盟が連合との戦争の準備を進める一方で、タウラスは先制攻撃の準備を行った。マランチャ・カルデロン護民官の軍事的仕掛け、ケース・アンバーは「いじめっ子に鼻血を出させる」ためのもので、星間連盟がより楽な目標に向かうことを望んでいた。2577年の春、タウラス艦隊は、コールドウェルとテンタティヴァに近い無人星系に終結し始めた。



初弾

 星間連盟と辺境国家の正式な戦争開始は、2577年5月14日、ブリオン・マーリックがカノープスIVに到着したときのことである。聴衆とクリスタラ・セントレラの前で、彼は星間連盟の意思を発表し、侵攻軍がアレス条約を守ると宣言した。最初の交戦は一ヶ月後、SLEFがゴーデラク侵攻だった。数で劣るカノープス防衛軍は、すぐに耐えられなくなり、降伏した。楽勝だったにもかかわらず、素早い戦争という見込みは粉砕された。ゴーデラク征服から1週間以内に、SLEFは惑星の水浄化能力を超えた。SLEFの侵攻計画では、その土地のものを利用することになっていたが、ゴーデラクの件は食料と水の略奪による再補給は選択肢になり得ないことを示したのである。新しい補給手順を実装することで、SLEFの攻勢は数ヶ月遅延した。

 その一方、タウラス連合は、地球の英国がトラファルガーの戦いに勝って以来の最も決定的な海戦の勝利を達成していした。タウラスはダヴィオン軍を罠に引き込むため、巧妙な策略を実行していた。9月28日、恒星連邦が罠にかかった。タウラス艦隊の不意を打ったと信じた恒星連邦のタスクフォース・フォー(ダヴィオンの戦艦の半数を持っていた)は、テンタティヴァにジャンプし、すぐさま小規模なタウラス防衛軍を圧倒した。

 応じて、タウラス艦隊はパンプールにジャンプしてタスクフォース2.7と交戦した。この機動艦隊は、戦艦12隻からなる支隊と、多数の兵員輸送船、若干の護衛からなっていた。タウラスはダヴィオンの戦艦9隻、降下船18隻を破壊し、12隻以上の艦船(戦艦3隻含む)を拿捕した。失った戦艦は1隻のみであった。タウラス艦隊はそれらかテンタティヴァにジャンプし、ダヴィオンの海軍前哨部隊を圧倒し、それから待ち伏せをしかけた。

 まだタウラスの戦艦支隊を追っていたタスクフォース・フォーは、ピアース星系にジャンプし、小規模なタウラス防衛軍に対して容易な勝利を得ていた。パンプール攻撃のニュースが届くと、タスクフォース・フォーはテンタティヴァに戻り、トラップに引っかかった。タウラスはダヴィオンの海軍戦術を研究しており、最大の優位を得られるように戦力を配置した。戦闘が終わると、タウラスはもうひとつの決定的な勝利を得ていた。パンプールからテンタティヴァまでで、ダヴィオン艦隊のうち75パーセント近いが、失われるか、大破するか、拿捕されていた。引き替えに、タウラスは3隻の戦艦を失ったのみだった。



2ラウンド目

 カノープス統一政体への攻勢が2577年10月に再開されると、SLEFはクランストンで厳しい戦いに直面した。カノープス統一政体はクランストンの防衛を強化するためにリスティチューションから守備隊をはぎ取っていた。カノープスの防衛隊は勇敢に戦ったが、単純に数のせいで、11月29日、戦役はSLEFの勝利に終わった。SLEFがクランストンで地歩を固めた一方、カノープスはヴァカレルで逆襲を行った。SLEFは航宙艦数隻と戦艦1隻を失った。2578年1月、統一政体は反撃に打って出て、メドウヴェール、サオナラ、グラネラ、アイン・タルマにある星間連盟と自由世界同盟の補給庫を叩いた。SLEFの補給物資を略奪したことは、カノープス軍を強化したのみならず、戦争を休止させた一方、SLEFに防衛の再組織を余儀なくさせた。統一政体はこれらの妨害が侵攻を止めることになるのを望んだが、SLEFの進撃は、7月、ペイヴァンド強襲で再開された。

 2579年2月、統一政体ROC指揮官、マリオン・マーリック総帥は、征服したカノープスの世界、ルシュエッグ、ペイヴァンド、ショーヘックに自由世界同盟に再加入しないかと申し出た。これら世界の指導者たちは、数週間以内に受けた。これがこの年、SLEFが獲得した数少ない世界であった。SLEFは3月にオブレノヴァック、10月にエリューシスを征服したのだが、20隻以上の航宙艦が犠牲となった。2579年が終わるまでに、SLEFはベゾノログに上陸し、熾烈な戦いを予想した。その代わり、彼らが受け取ったのは、年末の休日が終わるまでの停戦である。両陣営は合意し、まともな戦いが始まったのは1月2日となった。この戦いは2580年1月9日、SLEFの勝利で終結した。

 辺境世界共和国では、リフト共和国軍の奇襲部隊がアポロのSLDF指揮官、ラングミュア少佐を暗殺した。SLDF内で混乱が生まれるのを狙ったものである。そうなる代わりに、守備隊は決意を固め、辺境臨時政府が分裂し、アポロで八方ふさがりの状況が生まれた。リー将軍は辺境世界での作戦のため、臨時第8軍団を組織したが、2581年12月まで展開することはなかった。

 2578年4月30日、星間連盟は公式にタウラス連合との戦争を宣言した。テンタティヴァでの件をテロリズムと見たキャメロンは、この戦争中、SLEFにアレス条約を停止するよう命じた。タウラスは数日後に報復を行った。チャールズ・マンシュタイン・ウェックスワース将軍がタウラスROCのSLEF軍を率いていた。ダヴィオン海軍と同じミスを犯すのを恐れたウェックスワース将軍は、慎重すぎるアプローチをとった。彼の最初の目標は、シーソマッドとアーミントンだった。この年が終わるまでに、SLEFはリッジブルックを確保し、アナハイムとエスチューアンを強襲した。キャメロンにとっては充分な戦果ではなかった。キャメロンはウェックスワース将軍に本当の前進を始めるように命じた……そうしないのならば解任するのみであった。2580年2月、プレイアデス星団の攻撃が始まり、第4軍団がマイア、メローペ、エレクトラに上陸した。地上での作戦が始まる前に15隻のSLEF戦艦が破壊され、戦役が終わるまでにこの年いっぱいかかった。

 そのあいだ外世界同盟は、見守り、待った。



砲火の年

 2581年、沸騰する直前の辺境紛争は、制御不能の大火に発展した。

 2579年の残虐なエリューシス戦の後、統一政体でまた戦いが停滞した。2580年、SLEFはガリス、アスプロピルゴス、ファナールディール、ボーガン・リフトを得たが、他の場所ではほとんど進まなかった。辺境世界共和国の戦役はこの年の終わりまでなにも起きなかった。第4アマリス機兵隊は、ライラ宙域深くに入って地区主星アラリオンを攻撃し、クラヨバの宇宙港にかなりの損害を与えてから退却した。攻撃後、ビオラ・シュタイナー=ディーネセンは、ダークネビュラ周辺の世界だけでなく、辺境世界共和国全体に計画を拡大するよう、SLDFに求めた。

 タウラス戦役はフリントフト、ロブサート争奪戦で占められた。フリントフト強襲で、SLDFの戦艦16隻が犠牲となった。ロブサートでは30隻が失われた。ロブサート戦役は、再統合戦争で最大の(そして最も血塗られた)海戦となったが、SLEFよりタウラス軍のほうがより傷ついた。この二つの交戦のあいだに、SLEFは50隻近くを失い、もう50隻が数年間実戦の外に置かれるような重い損傷を受けた。一方、タウラスは70隻前後の戦艦を失ったが、SLEFが星間連盟中に分散する400隻以上の船を持つ一方で、タウラスは数十隻までに減っていた。

 艦隊が傷ついたことに怒ったフランクリン提督は、ロブサートの市民にフラストレーションをぶつけた。SLEFの地上戦は、30日におよぶ軌道爆撃で始まった。これはメック部隊も小学校も区別を付けないものだったのである。両陣営がアレス条約の適用を避けていたにしても、この爆撃は人道に対する犯罪であったが、SLEFの士官で罪に問われたものはなかった。20万人以上のタウラス人が死亡し、数百万人が医療も生存に不可欠なインフラもなしに家なしとなった。第III軍団が4月後半に上陸したとき、この世界は狂気を超えて激怒していた。生き残ったタウラス人は、持てるすべてを使ってSLEFを攻撃した。数万人がメックに対する人海戦術で死亡した。SLEFは8月30日にロブサートが平定されたと宣言したが、生き残ったタウラス人が降伏することはなかった……彼らは戦うには弱体化しすぎていただけだったのだ。

 ロブサートはタウラス戦役において重要なターニングポイントとなった。ひとつの世界を征服するのに、どこまでSLEFが身を落としたのかを目の当たりにしたタウラス人は、遠慮することなくどんな抵抗手段をも使うようになったのである。ブルセットでは、タウラス人は水源に自ら毒を投じ、汚染物質が特定される前に6000名のSLEF兵士を殺した。ウェルフェルでは、SLEFに汚い核と化学兵器が投じられた。ダヴィオン軍がピアースに上陸すると、タウラス人は自分たちの都市7つを破壊し、数千人のダヴィオン兵を殺した。ウィエップでは、食料と石油備蓄をSLEFの手に渡すことなく自ら破壊した。

 エイモス・フォーラフ将軍の指揮下で、外世界同盟戦役は、6月、本格的に始まった。秋までに、SLEFの第II、第V軍団は、ドラコ連合兵の通常戦力による支援を受けて、グローヴェルドIII、ブライスランド、ウェイソー、シルメック、タバヤマに侵攻した。後半はだいたいにおいて予想通りに進んだ。SLEFは、数と技術で勝っており、容易に外世界同盟軍を撃破した。10月3日、SLEFはセヴォンに上陸した。

 6月、タンクレディ協定が結ばれた。12の外世界同盟の世界を恒星連邦に渡すのと引き替えに、恒星連邦から秘密の軍事援助と、星間連盟評議会における公正な平和解決の支援を受けたのである。秘密裏に兵器、補給、特殊部隊が投下され、外世界同盟中での抵抗運動への支援が始まった。それは戦争が終わった後まで継続することになる。セヴォンでは、この支援は極秘とはとても言えなかった。上陸の直後、恒星連邦のエリアス・ピトケアン大佐がフォーラフ将軍に立ち向かったのである。ピトケアンは、現在、セヴォンが恒星連邦の保護下にあると主張した。フォーラフ将軍は激怒した。指令22は、恒星連邦に辺境の防衛ではなく辺境との戦争に参加することを求めていたのだ。フォーラフ将軍はピトケアン軍団と交戦し、リー将軍に直接ダヴィオン家への不満を表明した。戦闘は10月12日、両名が引き下がるよう指示されるまで続いた。ピトケアンの立場は政治的に決定されることになる。セヴォンがSLEFに降伏することはなく、この戦争の間、争いが続いた。

 セヴォン後、フォーラフ将軍はメドロンでゲリラ戦に直面した。彼のフラストレーションに火を注いだのは、進軍を停止し、タウラスROCを支援するため海軍戦力の1/3を再配置するようSLDF最高司令部が命令したことである。旗下の戦力が足止めされたことに怒った彼は、星間連盟に反抗したとして、民間人のうち10%を処刑する命令を出した。大量処刑は11月25日に始まった。フォーラフは後に外世界同盟ROCの全部隊に対し、同じ残虐行為を実施するよう命じた。



失策

 テツキは、統一政体の大規模なバトルメック生産地点であり、MAFはここを守るのにかなりの資源を割いていた。守るカノープスの第3軽機連隊は、9月の前半、第1マーリック市民軍を奔走させた。マーリックの援軍が、惑星からわずか10時間のパイレーツポイントに出現すると、統一政体軍は大変な状況に置かれたことを理解した。SLEFの戦艦が統一政体の巡洋艦を片付けると、追加の2個マーリック連隊が、SLEF第58旅団と共に、惑星降下した。孤立した第3軽機隊は、星間連盟軍が1メートル進むごとに対価を支払わせたが、最終的に壊滅した。

 2583年の春、アファーシン、アドハールウィン、メガレス、ノベルがSLEFの前に陥落した。侵攻軍の占領した世界はすべて、カノープスIVからジャンプ1回のところだった。スロック星系の航空宇宙戦闘で、最後のカノープス海軍が撃沈されるか拿捕された。カノープスIV侵攻は避けられないものとなった。秋までに、SLEFはアーリー・ドーン、ロックトン、ハスツール、ザサラス、クリマリを占領した。2584年1月、ジョイズとブリックスタナがSLEF軍に占領された。2584年4月3日、ついにSLEF(マリオン・マーリック指揮下)がカノープスIVに侵攻した。一ヶ月後、クリスタラ・セントレラはカノープスIVをイアン・マーリックに明け渡した(ただし統一政体をではなかった)。SLEF軍は残った統一政体星系を平定するのに次の四日間を費やした。

 辺境世界共和国では、拡大したSLEFの作戦行動が、バックランズ、キクユ、メデジン、ナイトウィッシュに戦争をもたらした。第VIII軍団と第2機兵隊は、バックランズが星間連盟の支配を受け入れるまでの7ヶ月間戦闘を行った。キクユでは、第16機械化歩兵と第1竜機兵団が戦った。SLEFの損害は8000名前後であり、辺境世界側は3万を超えた(その2/3以上が不正規兵)。第VI軍団の第18師団は、メデジンで第1アマリス軍団と交戦した。共和国軍は掩蔽壕とトンネルを大規模に使用し、星間連盟が勝つまで約1年間の接近戦に引きずり込んだ。ナイトウィッシュでは、DCMSのティンブクトゥ戦闘群が第2アマリス竜機兵団を攻撃した。ドラコ連合軍は勝つために無数の残虐行為に手を染め、戦争が終わるまで共和国の抵抗を強めることになったのである。

 タウラスROCが進まないことに不満を感じた第一君主キャメロンは、2582年1月、ウェックス将軍をアマルシア・キンケード将軍にすげ替えた。彼女の指揮下で、SLEFは大きな成果を得た。2月後半、フリントフト征服とホーシャム(タウラスで二番目に大きい造船所がある)攻撃を完了させたのである。第IV軍団は第10、第12師団でカーマイケルに侵攻したが、タウラスの強力な抵抗によって、3年半の足止めを食った。第XI軍団はブロムヘッドとロリスを占領した。双方でのSLEFの損害は1万人におよび、民間の被害はその7倍以上と推定された。

 キンケードの進軍に応じて、タウラスは、7月7日、ケース・ブラックに着手した。この極秘任務にはひとつの目標があった……キンケードを抹殺するのだ。ケース・ブラックの最初の一歩は、タウラス連合内におけるダヴィオンの情報収集活動の妨害を狙ったものだった。ヒアデス星団から出撃したタウラス艦隊(修理済み)の大半が、この年の後半、SLEFとダヴィオンの情報収集艦を破壊し、輸送船団を拿捕するか破壊した。SLEFの暗号を解読したおかげで、タウラス艦隊は追撃を悠々と交わすことが出来た。この作戦の頂点は、2538年6月3日であった……タウラスの奇襲部隊員が、フィルグローブでSLEF兵を視察していたキンケードを暗殺したのである。キンケードの部下たちは、どうやって目標を達成するかについて議論し、侵攻全体がつまづいた。

 外世界同盟にとって、2538年は逆襲と共に始まった。ピトケアン大佐が直々にピトケアン軍団を率いて、ケナード上のSLEF軍、第6親衛師団第18旅団を叩いたのである。彼はSLDFの大規模な前哨地点をすべて叩いてから、2月末に離脱した。9月には、ピトケアン軍団がテルマンIVの降下地点にいた第V軍団の一部を攻撃した。第V軍団はメック200機以上と同数の車両、約2000名の兵士を失った。外世界同盟が失ったのは、100機以上のメックだった。この攻撃は「復讐の日」として知られることになる。

 他の場所では、フォーラフが恐怖による治世を続けた。3月、フォーラフ軍は、ケルベロスを攻撃し、すべての都市、町、村を焼いた。4月、5月に、SLEFの第V軍がディデータリ、モーサック、キブロンに上陸して、都市と市民軍を破壊し、それから6月、他の目標に移動した。キンケードの暗殺がなかったら、フォーラフは外世界同盟全体をがれきに変えていただろう。フォーラフはタウラスに対処するために転属となり、フランクリン・バーネックス少将が外世界ROCの指揮をとった。彼はすぐにフォーラフの焦土戦術を廃止した。



終結

 カノープスIV征服の後、SLEFは多くの世界を平定していった。マランサが2584年、パラディックスが2586年、ケートズホールドが2587年に陥落した。2588年12月6日、コサンドラ・メモリーで、ブクオイ大佐と残った最後の統一政体軍が、マリオン・マーリックに降伏した。統一政体との戦争は終わったのである、ついに。

 星系から星系へと、SLEFはゆっくり辺境世界を占領していった。2587年の冬、アウステルリッツ争奪戦(三週間にわたる長い激戦)で、第VIII軍団の第31機甲師団が壊滅した。2588年前半、SLEFの戦艦がニュートンスクエアの天頂ジャンプポイントで共和国の艦隊を破壊した。

 2591年4月、ライラとマーリックがバルセロナに侵攻した。6月前半、防衛部隊は退却し、勝利は確かなもののように見えた。そして6月19日、ビオラ・シュタイナー=ディーネセン国家主席のところに、彼女の息子がターカッドで行方不明になり、おそらくスカイア公爵、タマラー公爵に誘拐されたというニュースが届いた。怒り狂った国家主席は、護衛を率いて、指揮下にあったスカイア、タマラー軍を強襲した。この軍事行動は、国家主席のコクピットが破壊されたときに終わった。彼女は昏睡状態で一ヶ月を過ごし、左腕を失った。負傷によって、SLEFは減速したのだが、辺境世界共和国の星系は陥落し続けた。2596年3月、SLEFはアポロに上陸した。6ヶ月間の戦役で、彼らはグレゴリー・アマリスを救出し、共和国での紛争を終わらせた。だが、ビオラ・シュタイナー=ディーネセンは致命傷を負い、4月28日に死亡したのだった。

 アレクサンダー・ダヴィオンは、公平な申し出をしたらアヴェラー大統領が和平に応じるかもしれないとイアン・キャメロンに示唆した。キャメロンはこれを受け、6月にケルベロスで会合を持った。一ヶ月後、ケルベロス条約が結ばれ、星間連盟と外世界同盟の間の戦いは終わった。外世界同盟は23の世界を星間連盟に割譲した――恒星連邦に9、ドラコ連合に14である。この紛争で1200万人以上が死亡した……その大半がフォーラフ兵に撃たれた民間人だった。



ヒアデス星団侵略

 2584年8月19日から、タウラス戦役は死と破壊による血塗られた惨状となった。エイモス・フォーラフ将軍が、外世界同盟ROCから異動となり、タウラスROCの指揮をとった。外世界同盟ROCの指揮中に見せた残虐さは、タウラス宙域での行為に比べると色あせるものであった。9月、SLEFの第XI軍団はウォーレンを降伏させるために軌道爆撃を使った。第I軍団は惑星の農業を破壊するために焦土戦を行った後でヴィクトラーラを占領した。

 再統合戦争で最大のメック戦は、2585年、タウラスの逆襲がディーフェンベーカーでSLEFの第III軍団第8師団を粉砕したときに発生した。3月、第XI軍団はサルツを征服する一方、ダヴィオンの部隊がメヴェグ、モントールを攻撃した。タウラス市民は防空壕に入り、軌道爆撃が終わると戦うために這い出てきた。両世界での戦役は2586年まで続いた。SLEFの第III軍団は3月から9月までリンゼイを封鎖し、タウラスが降伏しそびれている間に、軌道爆撃で大都市をひとつひとつ破壊していった。タウラス人は二ヶ月後にようやく降伏した。カーマイケルでは、フォーラフは非軍事目標に対し軌道爆撃を命令した。

 戦争が長引くと、フォーラフはタウラスの意思を砕くために無数の野蛮な残虐行為に関与した。2587年1月、核が日替わりの武器となり、SLEF第II軍団とタウラス防衛部隊の双方がマクロードランドの戦いに核を解き放った。ピナードでの戦闘の間、SLEFとタウラス軍は核兵器と化学兵器を使った。ニュー・ガニメデに対する軌道爆撃は地上戦が始まるまで三ヶ月続き、その一方、リンドマークではSLEFが生物兵器を投入して数百万人を殺した。数千万人が死んだリンドマークは、三年間封鎖された。2588年、ニューファンデンブルクをかけた戦いは、40日間におよぶ軌道爆撃と、SLEFの気圏戦闘機による火炎爆撃の支援で始まった。地上戦では、SLEFは核兵器、生物兵器、化学兵器を解き放った。タウラスの防衛部隊は同じやり方で応えた。

 6月25日、ダヴィオン近衛隊の連隊群がSLEFの攻勢を支援するためニューファンデンブルクに到着した。近衛隊はエリアス・ピトケアン将軍に率いられていた……数年前にSLEFを相手にセヴォンを守った人物である。フォーラフは怒り狂い、ダヴィオン近衛隊全体を逮捕して、拘留しようとした。それが失敗すると、次の一ヶ月、アレクサンダー・ダヴィオン国王を反逆罪で逮捕するよう星間連盟宮廷に怒りの誓願を行い、そのあいだ、部下たちがニューファンデンブルク戦役を終わらせた。5000名以上のSLEF兵士が戦死し、さらに数千人以上が死の灰と化学物質で死亡した……さらに数万人が負傷した。第I、第II、第IV、第XI軍団を合計した戦力は40パーセント以下となり、一方、民間人の被害者は1億人を超えると推測されている。

 2589年12月9月、フォーラフ将軍はついに地球へと呼び戻された。彼は再統合戦争中の行動で法廷に立つことはなかった。学者たちはフォーラフを起訴から逃げた過去最大の戦争犯罪者と見なしている。ロード・ダミアン・オナガ将軍がフォーラフに変わってタウラスROCの指揮官となり、限られた戦争を再開した。SLEFは戦争の残りで軍事目標のみを狙った。

 オナガ将軍はヒアデス星団侵攻の準備に2590年を使った。第IV軍団とエリートのスターガード軍団が、ゼロG、低重力戦闘に慣れるため、大規模な訓練を始めた。ヒアデス星団を征服する4年間の戦役は2591年4月2日に始まった。SLEF第IV軍団、スターガード軍団が、強襲の前衛を務めた。タウラス人は、宇宙のあらゆる場所を守るため、ある程度の大きさの小惑星すべてに軌道砲台を設置し、勇敢に戦った。2592年の半ばまでに、攻勢を維持するため、オナガは第I、第II、第III、第XI軍団からの追加SLEF部隊をヒアデス星団隊に交替させた。2593年、タウラス・アウトランド・ガンマ・バトルステーションは、ついにSLEF軍に破壊された。これはタウラスの最も外周の防衛線が失われたことを意味しており――タウラスの終わりを意味していた。2594年8月までに、タウラスに残された最後の宇宙防衛が排除された。

 2594年9月22日の0830時、マランツ・カルデロン護民官は、ヒアデス星団中にタウラス連合の無条件降伏を放送した。彼女はオナガに征服された人民が公平な扱いを受けられるよう誓願し、祖国を守るために多大な犠牲を払ったタウラスの兵士たちを賞賛した。カルデロンは翌日の夜明けに自殺した。彼女の灰は、後にヒアデス星団の星々の中に撒かれることになる。再統合戦争はついに終わったのだ。



決闘する龍、第一次秘匿戦争

 ドラコ連合の星間連盟に対する感情を考えると、DCMSの代理戦士たちが30年以上にもわたってSLDF相手のテストを行ったのは驚きである。2681年8月23日、第3ベンジャミン正規隊のデュエリングマスター・アマンダ・カズトヨが、星間連盟の戦士を倒した最初にデュエリストとなった。ベンジャミンのフォート・シャンドラの近くでSLDFのブラッドレー・グレバーズ中尉を下したのである。その後、さらなる決闘が行われ、数多のSLDFメック戦士が負傷するか死亡した。

 この知らせが第一君主のもとに届くと、彼はウリゼン・クリタ大統領を個人的な会議に招いた。クリタは賢明にも、2650年の議会命令に全責任があるとした。連合のメック連隊があまりに多く解散したことから、第一君主が連合中に無職のメック戦士を増やすことになったと彼は主張したのだ。これらの兵士たちはいまやローニン(主君持たず)となり、大統領に従うことはなかった。ウリゼンはこれらメック戦士たちを雇用している各元帥、貴族、その他団体とこの問題について話し合うと言ったが、だれに連絡を取るのか決めるだけでも相当な時間がかかると警告した。彼は決闘が起きるまで影響力を及ぼすことができないことになる。キャメロンは大統領の保証に嘘を見たが、政治的な罠にかかった。

 キャメロンは決闘を禁止する命令を出したが、SLDFはメック戦士たちを失っていった。2682年1月までに、SLDFは一度たりとも勝利することがなかった。これは最高司令部に大いなる懸念を引き起こすことになる。ドラコ連合が地球帝国を上回るなんらかの技術的進歩を達成したと確信したジャクソン・オベルト将軍(SLIC指揮官)は、大胆な計画を提案した……ドラコ連合のバトルメックを捕獲し、分析のため帝国のR&D研究所に運ぶというものである。

 カウバード作戦は、2682年3月12日に実行された。アルバート・イーシュ少佐は、ガブリエル・ゴーダ中佐からの挑戦を受けた。メック戦士たちが顔を合わせたとき、SLDFのエリートメック小隊が介入し、ゴーダのマローダーを最小限のダメージで捕獲したのである。このメックは待ち構えていたSLDF降下船に隠され、16日後、HRADに運ばれた。

 熟達した軍事科学者たちのチームが完全にクリタのメックを解体した。そのときに払われた細心の注意は、普段なら墜落した航空宇宙船やテロリスト攻撃に使われるようなものであった。3ヶ月におよぶ分析と調査の後、彼らはドラコ連合は帝国の科学技術を超えていないと結論づけた……DCMSのメック戦士たちは単純に優れた腕を持っていたのだ。

 SLDFはドラコ連合のデュエリストたちと戦うSLDFメック戦士を育成するため、上級戦闘機動技術(ACMS)プログラムを作りあげた。SLDFでえり抜きのメック戦士たち(多くが軍事オリンピックで勝った部隊から)が2682年7月7日に集められた。12人のメック戦士が教官として選ばれた。彼らは、次の4ヶ月で、厳しく没頭できるような訓練レジメを作り上げた。72名のメック戦士(多くが教官になれなかった者たち)からなる最初のクラスが、2682年11月4日に六ヶ月のプログラムを開始した。卒業したのは52名だった。

 教官たちは次の六ヶ月でコースを改良し、最終的にガンスリンガー・プログラムと改名した。次のクラスでは、2683年11月4日、新たな72名の受講者で始まった。

 2687年のクリスマス、ガンスリンガーの関与した最初の決闘が行われた。ミナクチで第75親衛軽機兵連隊のドノバン・フレネル大佐が、第5ベンジャミン正規隊のシンイチ・コーニャ中佐と戦ったのである。これは引き分けに終わった。

 この決闘における紛争は、第一次秘匿戦争と呼ばれることになる。公式の宣戦布告はなく、領土が移動することはなかったのだが、2738年に終わるまでに、クリタの代理戦士たちは49パーセントの勝利を収め、一方、星間連盟の戦士たちは47パーセントだった(残り4パーセントは引き分けである)。両陣営は数千人の犠牲を出した。





ヘッドハンター・ミサイル

 ヘッドハンター・ミサイルの性能に関する話は、時間を経るにつれて誇張されていることから、学者たちの多くはこの装備の真贋を疑っている。星間連盟の軍事的進歩のうち、カメレオン・ライト・ポラリゼーション・シールド(エクスターミネーター)と、キャスパー・ドローン技術だけが、同じくらいの注目を受けている。

 ヘッドハンター・ミサイルの基礎的理論は、LOSBR、ライン・オブ・サイト・ビーム・ライディング誘導技術(先進のターゲティングコンピュータと、ストリーク火器管制システムの融合)と、タンデム弾頭を使っていることにある。だが、現代のこれら技術は互換性がなく、星間連盟技術者がどのように重要な課題を克服したかは不明である。話によると、このシステムは各種サイズのSRM、LRMの両方で作動するという。

 信頼できるバトルROM映像では、正体不明の星間連盟ミサイルシステムが、各種ターゲットに対する射撃テストで、ヘッドショットを高い確率で成功させているのだが、このシステムが放っているのはミサイル一発だけである。間違っていると証明された理論としては、ワイヤー誘導照準システム(射程距離の限界により嘘と判明)、アクティブ誘導システム(ECMで妨害される)、遠隔操作(目標までの時間が短い)などがある。

 ヘッドハンターが存在するのか否か、それはキャスパー、コーンコブ巡洋艦、四脚LAM、グーニーバードと並んで星間連盟の伝説なのである。

――ベルーシュカ・コヴァレスキー著『星間連盟、嘘か真か?』、ニューアヴァロン・スペキュレーティブ・プレス、ニューアヴァロン、3052年




継承権戦争

「恋愛と戦争は同じもの。よって、どちらでも策謀と知略が許されるのである」

 ――ミゲル・デ・セルバンテス著、『ドンキホーテ』後編、第III巻、21章、1615年、地球

 27世紀後半、タキロー・クリタの弟、ソトがロジャー・ダヴィオン国王の娘(メアリー)と結婚した。この婚姻により、長子相続の伝統の下で、クリタ家は恒星連邦の王座を要求することができるようになった。結婚の4年後、2700年2月20日、ロジャー・ダヴィオンは王位継承法を発布した。この法律は、メアリー・クリタ=ダヴィオンに子供の継承権放棄を求めており、ジョセフ・ダヴィオンを恒星連邦の後継者であると定めていた。メアリーは2702年に承諾した。翌年、弟のジョセフ・ダヴィオンが、国王の座を継いだ。

 その後、2715年9月28日にメアリーは死亡した。王位継承法があったにも関わらず、長男のヴィンセント・クリタは恒星連邦の王座継承を宣言した。年末までに、タキロー・クリタ大統領の使節がニューアヴァロンに到着し、ジョセフ国王にヴィンセント・クリタの相続権を認めるように要求した。メアリーが王位継承法に同意したことから、国王は拒絶した。タキローは星間連盟に問題を上訴した。キャメロンは簡単に問題を解決できたのだが、恐怖が彼の手の中にあった。キャメロンはダヴィオン継承会議(調査委員会)を作り、ヴィンセントの要求を決断する権利を与えた。常に完璧な政治家であった大統領は、この決断を受け入れ、待った。8年後、調査委員会は意見の一致を見ることがなかった。

 ダヴィオン継承戦争(またの名を第二次秘匿戦争)は2725年4月16日に始まった。ドラコ連合のサムライ・タスクフォース(第11ベンジャミン正規隊、第4〈光の剣〉旅団、第1ゲイルダン正規旅団、第14ベンジャミン正規隊、第8ゲイルダン正規隊)が、恒星連邦の世界、マーダックに侵攻したのである。1週間後、ジョセフ・ダヴィオンは、SLDFに対して、介入し、ドラコ連合を止めるように要求した。帝国を危機にさらすのを恐れたキャメロンはドラコ連合を非難したが、攻撃を終わらせるために兵士を送るのは拒否した。5月24日までに、連合はマーダックを占領した。第11ベンジャミン正規隊が平定部隊としてマーダックに残る一方、ドラコ連合軍は次の3週間で侵攻の第二波に着手した。第14ベンジャミン正規隊がロイヤルに出発し、第8ゲイルダン正規隊がニューアイヴァーセンへの準備をし、第1ゲイルダン正規旅団がドブソンに向かい、第4〈光の剣〉旅団がブリードへの長い旅を始めた。

 ローン・ケッセム将軍率いる中途半端な逆襲がルートヴィヒを叩いた。8月までに、ドラコ連合軍を恒星連邦から叩き出すための組織だった作戦が決行された。この計画は、恒星連邦=ドラコ連合国境沿いの重要世界に侵攻し、クリタ軍を連合宙域に引き寄せるというものだった。第14アヴァロン装甲機兵隊はホマムに侵攻し、第15アヴァロン装甲機兵隊はジャンクションに上陸し、第1ロビンソン機士隊はドネナックを攻撃した。8月には、第4〈光の剣〉旅団がブリードに到達し、ダヴィオン市民軍の2個連隊と交戦した。2725年が終わるまでに、ドラコ連合はロイヤルを征服したが、第14ベンジャミン正規隊には稼働するメックが1個強化大隊分しかなくなったのだった。

 2726年が明けると、第14アヴァロン装甲機兵隊がホマムを奪った。4月18日、第4ダヴィオン近衛隊がほぼ全滅し、防衛力が喪失した後で、ブリードは第4〈光の剣〉旅団に降伏した。この戦いの中で第10〈光の剣〉が大きな損害を受けたことから、ブリードに駐屯部隊として残った。第11〈光の剣〉はブリードを発ってクラサンドゥIVに向かい、第12〈光の剣〉はクローヴィスへと赴いた。

 ジャンクションでは、第9プロセルピナ機兵隊が第3ベンジャミン正規隊の援軍となった。劣勢で援軍の見込みのなかった第16アヴァロン装甲機兵隊は、できる限りのことをするために、ドラコ連合を足止めする遅延作戦で戦い始めた。2726年中頃のドネナックでは、第5ベンジャミン正規隊が第6ベンジャミン正規隊の援軍となり、ドラコ連合海軍が第1ロビンソン機士隊の輸送船を追い払って、機士隊を立ち往生させた。第11〈光の剣〉は6月5日にクラサンドゥIVへと侵攻した。連合軍は2つのダヴィオン世界を占領し、さらに3つに侵攻したのである。

 恒星連邦の逆襲はだいたいにおいて効果がなかった。彼らはホマムを奪い、ジャンクション、ドネナック、ルートヴィヒで争ったのだが、龍の攻勢が緩むことはなかった。6月24日、第3ダヴィオン近衛隊はルートヴィヒを征服した。この重要な世界が奪われたことで、第1ゲイルダン正規隊はドブソンを放棄せざるを得なかった。ドラコ軍の進撃速度は緩んだが、月末までに、第12〈光の剣〉はクローヴィスに侵攻し、第8ゲイルダン正規隊はニューアイヴァーセンを奪い取った。ルートヴィヒで計画が上手くいったと見たダヴィオンの戦略家たちは、さらに重要な世界を攻撃する準備のため、ケンタレスIVの第7ロビンソン機士隊をプロセルピナ襲撃に派遣した。これを第14アヴァロン装甲機兵隊の大半が支援した。車両・歩兵の混合グループが権益を守るためホマムに残った。

 大統領は7月1日新しい戦力を投入した。第3ゲイルダン正規隊を拠点のリマからルツェルンに送り込み、ここで8月15日に第5ロビンソン正規隊と交戦したのである。3時間におよぶ航空宇宙戦が巻き起こり、その後でゲイルダン正規隊の輸送船が地表にたどり着いて、メックをはき出した。ルートヴィヒ奪還の道すがら、第1ゲイルダン正規隊旅団はブリードにジャンプし、第10〈光の剣〉の援軍として残った。

 2726年の秋、第14アヴァロン装甲装甲機兵隊と、第7ロビンソン機士隊の一部が、守りの堅いプロセルピナに到着し、プロセルピナ機兵隊数個連隊との交戦を行った。この戦闘は最初の一週間に特に熾烈なものとなり、両軍が予期せぬ損害を被った。攻撃部隊はプロセルピナを守る最高の部隊と戦うのに充分な戦力を持っていなかったのだが、AFFS最高司令部はクリタの部隊が支援のために退却することを望んでいた。恒星連邦にとっては残念ながら、連合宙域に戻ったのは第1ゲイルダン正規隊だけであり、10月23日、ルートヴィヒへの逆襲を行ったのだった。恒星連邦はクリタへの深襲撃を幾度か成功させ(特に第7タンクレディ王党派軍のアナポリスとベンジャミンに対するもの)、この紛争のあいだ続いたのだが、龍を止めることはできなかった。

 戦争の2年目が終わりにさしかかっても、キャメロンはSLDFを戦闘から遠ざけ続けた。継承権は恒星連邦の国内問題だと公に宣言したのである。2727年1月、第9プロセルピナ軽機兵隊と第3ベンジャミン正規隊はジャクソンを奪い返した。第16アヴァロン装甲機兵隊は大打撃を受けて、ルートヴィヒに退却し、第3ダヴィオン近衛隊に加わり、第1ゲイルダン正規隊と戦った。

 2月、第3ゲイルダン正規隊はルツェルンを放棄し、ロイヤルに後退し、第14ベンジャミン正規隊に合流した。そのあいだ、ジョセフ・ダヴィオンはロビンソンで南十字星軍の編成を完了させた。この部隊には第4デネブ軽機兵隊と第4ロビンソン機士隊がいたが、ダヴィオンはドラコ連合を恒星連邦領域から追い出し、さらなる部隊を動かしてから、ドラコ連合に全面侵攻することを計画していた。だが、国王は追加の旅団を待つことなく、4月の始めに南十字星軍を率いて、ニューアイヴァーセンに入った。

 プロセルピナ機兵隊に対してベストを尽くせず、恒星連邦からクリタ部隊を釣り出すことのできなかった第14アヴァロン装甲機兵隊と第7ロビンソン機士隊は、傷をなめるためシェアトに退却した。両連隊は35パーセント以上の損害を被った。

 5月、第12〈光の剣〉がクローヴィスを占領し、恒星連邦は勝利を死活的に求めることになった。複数の部隊によるニューアイヴァーセン逆襲は最高のチャンスだった。第5ロビンソン特戦隊が上陸中に第8ゲイルダン正規軍を痛めつけ、南十字星軍のための橋頭堡を素早く確保した。戦闘は10月28日まで続いた……この日、第8ゲイルダンはついに敗北したのである。クリタのメックのうち1個大隊以下が脱出し、リマに向かう一方、ダヴィオン国王はロイヤルに注意を向けた。ドネナックでは、第5ベンジャミン正規隊が第1ロビンソン機士隊との戦闘を続け、後者は60パーセント以上の損害を被った。ドネナックの結末を確信した第6ベンジャミン正規隊はロイヤルへと向かっていった。第5ベンジャミンは第1ロビンソン機士隊に降伏の機会を与えた。機士隊は拒否し、クリタの補給庫に襲撃を行って物資・食料を奪うことでいまだ脅威であることを証明した。

 ダヴィオン軍とクリタ軍は、2728年前半、ロイヤルに結集した。すでにこの世界にいた第14ベンジャミン正規隊は、実質的に排除されていた。第3ゲイルダン正規隊は、いまだ本来の戦力の70パーセント以上であった。到着した第6ベンジャミン正規隊に強化されたクリタ兵は、差し迫った攻撃に直面する準備ができていた。南十字星軍は3月前半に到着し、国王は戦力の大半を最初の交戦に投入した。ダヴィオンの損失は大きいもので、ドラコ連合のメック戦士を片付けるのに失敗した。ロイヤルに夏が来たとき、両陣営は守りを固めており、どちらも明白に有利とは言えなかった。8月、再補給を受けて元気な第3ダヴィオン近衛隊と第16アヴァロン装甲機兵隊(5月にルートヴィヒから追い出された)が到着すると、状況はダヴィオンの側に再び傾いた。

 ジャンプ数回のところにあるクラサンドゥIVは、もうひとつの焦点となった。補修を終えた第9プロセルピナ機兵隊が最初に攻撃を仕掛けたクリタ部隊となった。第4ゲイルダン正規隊がすぐに加わった。ダヴィオン軍は、再建された第14アヴァロン装甲機兵隊と第7ロビンソン機士隊で構成されていた。

 2728年末にむけて、恒星連邦はドラコ連合侵攻を新たにした。第5ロビンソン特戦隊が二手に分かれ、リマとワパコネタを同時に攻撃した。他の場所では、スミスウィック提督が果敢に連合海軍に立ち向かい、パイレーツポイントを使って、生き残った第1ロビンソン機士隊を救出するのに成功した。3年におよぶ激しい戦いの後で、逃れ得たのはわずかに2個中隊を上回るメックと、装甲・歩兵3個中隊のみだった。

 ダヴィオン継承戦争は、2729年、ついに終焉を迎えた。4年間にわたって、ダヴィオン国王は、最高評議会に対しSLDFを展開して侵攻を終わらせるよう訴えていたが、彼の発言が評議会を動かすことはなかった。その代わり他のところに届いたのである。動かないキャメロンに業を煮やしたSLDF最高司令官イカラー・フレダサは一団を率いてマザー・ジョカスタ・キャメロンの修道院を訪れ、兄を退位させるよう説得した。マザー・ジョカスタが拒絶すると、フレダサ将軍はジョカスタが反乱を企てているとの噂を流し始めた。8月2日、この噂がジョナサンのもとに届くと、彼はフレダサと共謀者のBSLA指揮官グレゴリー・ウォレス、国税庁長官ブライス・ヒンチクリフIV世を呼び出し、逮捕して、反逆罪で裁判にかけた。彼らは年末までに処刑された。この偽クーデターにより、ジョナサンはどれほど不安定な立場にいるかに気づき、持病により状況はさらに難しいものとなった。この危機に対処するため、彼は妹に頼った。彼女が最初にとった行動は、友人であるレベッカ・フェトラドラル将軍をSLDF最高司令官として任命することだった。皮肉なことに、フレダサの奮闘は自身の死によって達成されたのである。

 フェトラドラルは、2729年9月に着任してすぐ、SLDFによる介入(スムーザー作戦)を計画し始めたのである。残念ながら、ジョセフ・ダヴィオン国王を救うのに間に合うことはなかった。彼は10月20日、ロイヤルで戦死した。リチャード・ダヴィオンが彼の後を継いだ。

 スムーザー作戦は11月8日に始まった。フェトラドラルは、交戦中の世界、ブリード、クラサンドゥIV、リマ、ロイヤル、ワパコネタにSLDF1個師団ずつを展開した[編集注: リマを任されたSLDF師団は、コルチェスターに行く予定だったが、ダヴィオン重近衛隊が第5ベンジャミン正規隊に勝ったため、他に回すことができたのだ]。リマ、クラサンドゥIV、ワパコネタでは、SLDFが突如として到着したことが、即座の停戦につながった。ブリードでは、重い打撃を受け、補給低下した第4〈光の剣〉がSLDFの第1ジャンプ歩兵師団と交戦した。劣勢に立たされた第4〈光の剣〉は12月16日に降伏した。ロイヤルではシリウス旅団が、第1アヴァロン装甲機兵団の助けを借りてクリタ軍を下し、アレクサンドル・ケレンスキーという名の若き大尉が始めて戦闘指揮をとった最初の地になった。

 一時的な星間連盟共同統治者としての立場を使って、マザー・ジョカスタ・キャメロンは恒星連邦とドラコ連合の条件を押さえつけた。2724年、ドラコ連合と恒星連邦の国境線が引かれ、クリタ家が求めていたダヴィオンの玉座は永遠に拒絶されたのである。これらの決断に怒り狂ったタキローは、ドラコ連合をほとんど星間連盟から脱退させかけたが、再統合戦争の記憶が彼の手を止めたのだった。その代わり、彼は国を星間連盟からさらに遠ざけ始めた。皮肉にも、1年後、リチャード・ダヴィオン国王はこれを真似た。父の死で星間連盟を非難したダヴィオンは、恒星連邦を星間連盟に参加する社会経済的、政治的障壁を作ったのだった。







ライラ共和国



第2ライラ防衛軍(ウォーキング・ヘルファイア)

 ライラ共和国の多くの連隊と違って、2750年の第2ライラ防衛軍は、大部分が一種類のバトルメック、ファイアスターターで構成されている。同じ機種を集団で展開するスタイルは、SLDFが一世紀以上にわたって採用しているものであり、いくつかの師団は可変メックやシャドウホークなど騎兵メックによる大隊を使っている。第2ライラ防衛軍の場合は、連隊の各大隊が2個中隊のファイアスターターと、支援用のハンチバック1個中隊を配備する。このメック構成は他の多様なメック連隊、装備の良いメック連隊に対しては不利であるのだが、そもそもメック連隊と戦うことを考えてはいない。強襲が終わった後の、長い惑星占領を専門としているのである。その分野では暴動鎮圧、都市制圧に中軽量マシンがベストなのだ。

 第2ライラ防衛軍は、2746年、惑星ガストレルに配備された。人口の多いガストレルは、辺境世界共和国が占領した宙域内にあったのだが、バトルメック部隊を持っていないのに独立を宣言したのである。辺境世界共和国からの支援を受けたくなかったガストレル政府は、盗賊の襲撃から身も守るため、高貴とはいえない傭兵部隊を雇用した。LICはそのうち一部隊が、ダークネビュラのライラ研究施設への特に残忍な攻撃に関与したと断定した。惑星上には敵バトルメック部隊がなかったことから、第2ライラ防衛軍は単独で展開した。上陸するとほとんどすぐに、ライラはガストレル市民軍と交戦した。

 ウォーキング・ヘルファイアはその名に違わず、ガストレルが送り込んだ歩兵と軽装甲部隊を焼き尽くした。2日間の戦闘は、第2ライラ防衛軍が惑星の上院を占領したときに終わり、数千名の市民軍兵士たちが身元不明になるまで燃やされたことから「ガストレルの虐殺」と呼ばれるようになった。傭兵たちはガストレル政府とは無関係に活動していたことが発覚したが、辺境世界共和国の駐屯部隊がやってくるまで、第2ライラ防衛軍がライラ宙域に向かうことはなかった。将来、盗賊がこの惑星を活動拠点に使う可能性を減らすためである。



星間連盟防衛軍(2750)

 SLDFは人類史上、最も巨大な軍隊である。2750年、その戦力は約500個師団、2000隻からなる戦艦艦隊(降下船、航宙艦などの支援船除く)、1億人以上の現役兵士を数える。地球帝国師団のみで構成される親衛部隊を除き、SLDFは10国家すべてから集められた兵士を持つ多文化部隊として運営される。皮肉なことに、その巨大な規模と、通常戦闘のために考案された最も洗練された技術に支援されているにせ関わらず、おそらく28世紀前半のSLDFはこの時期で最も経験を欠いた軍隊のひとつでもあった。加盟国が隠れた戦争を行っていた一方で、星間連盟が比較的平穏に繁栄したことから、戦闘経験を得るのはもっぱら演習頼りだった。一部の部隊は軍事オリンピックでリアルな戦闘シナリオを行う一方、一部の部隊は盗賊狩りで真に生きるか死ぬかの戦闘を経験した。だが、この時代で最も経験豊かな兵士は、ドラコ連合に配備されていた。50年におよぶ「ローニン」との決闘が、一対一の戦闘に長けた多数のメック戦士を生み出したのだが、小部隊戦闘が行われることはなく、大規模な交戦に至ってはそれ以下だった。従って、スムーザー作戦に参加した師団が、戦闘で鍛えられたDCMSの古参兵たちを手際よく圧倒したことは、SLDFの訓練計画、技術、戦力規模を反映したものとなっている。実際、SLDFの他の部隊が戦闘経験を積むまでには20年以上の時間があったのである。

 SLDFは利用可能な最高の技術を装備する。新しい装備は、親衛部隊から正規部隊に回されることになる。親衛部隊がアップグレードを受け取るときは必ず、余剰が他の親衛部隊に渡される……親衛部隊が必要ないと、正規のSLDF部隊に装備が移動するのだ。これらの雪崩的に受け取ったアップグレード装備は、各王家が生産する最新モデルよりも優れたものだった。キャメロン一族が地球帝国と星間連盟の両方で長い間覇権を取ってきたからである。

 再統合戦争以来の大規模な実戦は、ダヴィオン継承権戦争が終わった2729年にもたらされた。レベッカ・フェトラドラル総司令官の指揮下で、5個SLDF師団が恒星連邦/ドラコ連合の国境に展開した。師団のそれぞれは交戦中の世界に割り当てられ、必要ないかなる手段を持ってしても戦闘を終わらせるように命令されていた。リマ、カトマンドゥIV、ワパコネタでは、SLDF軍が到着しただけで紛争が終わった。ブリードでは、大打撃を受け、補給のない第4〈光の剣〉旅団がSLDF第1ジャンプ歩兵師団と交戦した――1ヶ月後に降伏した。ロイヤルでは、シリウス師団がダヴィオン軍の支援を受け、2ヶ月間の戦闘で第6、第14ベンジャミン正規隊と第3ゲイルダン正規隊を破った。

 5年後、2729年のマーリック内戦を終わらせるために、SLDF数個師団が自由世界同盟宙域に配備された。だが、これらの兵士たちが介入する前に、忠誠派軍がアトレウスを奪い、エリーゼ・マーリック総帥を救出して、事実上戦争を終わらせたのである。この時期から2730年代の終わりにかけて、辺境に駐屯したSLDF部隊は、反星間連盟デモ参加者と舌戦を交わし、盗賊と多数の小規模な交戦を行った。

 ジョナサン・キャメロンが2738年に死亡すると、フェトラドラルは総司令官の座から退き、工兵部の指揮官となった。彼女の同僚であるアレクサンドル・ケレンスキーが後継者となり、きわめて不安定な状況を受け継いで、あらゆる偶発事に備えるため全精力を傾けた。第三次隠匿戦争は2741年に始まった……盗賊に化けたドラコ連合の傭兵がライラの星系、エッジを襲撃したのである。他の王家は先例にならってすぐに似たような襲撃を行い、9年間にわたって、王家軍、傭兵軍が「盗賊」になりまして、国境線沿いに戦略攻撃、襲撃を行ったのである。最初の3年間、SLDFはこれらの勢力を捕まえるか、作戦基地まで追いかけようとした。2744年、SLDFはこれら「盗賊」の正体に関する逃れようのない証拠を提示したが、評議会君主たちはこれらの証拠を一蹴し、少数の道を誤った貴族たちの仕業であるとした。評議会君主たちには不正規軍を引っ込めるつもりがないことがあきらかになると、キャメロンはSLDFに目撃したすべての盗賊を撃ち殺し、捕虜を取らないように命令した。

 キャメロンによる外交は失敗し、ケレンスキーのSLDFは星間連盟中で小規模な小競り合いを鎮圧するのに忙しくした。キャメロンとケレンスキーの一番の懸念は、これらの交戦がすぐにも大規模な戦役に発展するかもしれないことである。キャメロンが政治的な解決策に注視する一方で、ケレンスキーはSLDFに力を注いだ。彼は基地と要塞を訪問し、地に足の着いた展望を得るために出来るだけ多くの兵士と会った。ケレンスキー将軍は無能な士官を排除し、優秀な者を表彰して、より大きな権限を与えた。さらに積極的に腐敗を取り除き、SLDFの刃を研ぎ澄まし続けるために厳格な演習と反復練習を行った。キャメロンの短期的な目標は、戦争を防ぐことである……ケレンスキーの目標はそれに勝利することだ。



第7親衛バトルメック師団(ケイド師団)

 星間連盟防衛軍は、中心領域の大王家軍から編成された際、大量の軽量級・中量級バトルメック、装甲車両を持っていた。これは再統合戦争中、数多の問題を引き起こした……重量のある辺境の敵と対峙せねばならないことがよくあったからだ。新SLDFはこの紛争中に少なからず技能を獲得したが、損失が重量のある新型機種で補充されると、一部の戦術分析家は中軽量級バトルメックを一緒に使い続けるべきだと示唆した。それはまもなく「打撃」部隊として知られるようになるものである。第7親衛バトルメック師団は、ほぼ「打撃」連隊群のみで作られた最初の部隊である。

 打撃連隊が特殊作戦用にランドエアメックと気圏戦闘機を持っているのは普通である一方、第7師団の各連隊は気圏戦闘機をまるごとLAM1個大隊に入れ替えている。人気のあるフェニックスホーク、ワスプ、スティンガーが同数分配されている。第7師団のメックの大半がジャンプ可能な機種となっており、そうでないメックは各連隊に1個中隊以下である。この多数のLAMとジャンプ可能なメックによって、第7師団はきわめて機動性の高い地上部隊となっており、惑星上のどこであろうと数時間以内に迎撃する能力によって敵を驚かせる。

 通常、第7師団のような機動性の高い部隊に与えられる任務は、敵軍を迎撃、足止めし、大規模な戦闘連隊、重強襲連隊が撃破するのを助けるというものである。そうではなく、第7師団はハンターキラー師団として起用され、最も足の速い機体で敵を探り、指揮系統を特定する。他の部隊が交戦すると、これらの高速機は敵の指揮官を探し出し、他に優先して抹殺する。そうすることで、敵の通信、統制能力を殺ぐのである。



第500バトルメック旅団(ザ・フェニックス)

 星間連盟とSLDFの結成直後、地球の軍事アドバイザーたちは、星間連盟で最高の人材のショーケースとなる特別な部隊を作るよう提案した。この部隊には、前線の軍人としてだけではなく、広報の手段としても価値のあるメック戦士、パイロット、兵士たちが配置される。第500バトルメック旅団はそのような部隊となった。名目上は通常の指揮系統の外側に置かれ、ショーのために作られているのだが、旅団の各連隊は各重量等級における最新鋭のバトルメックを持っている。各連隊には3個航空中隊の気圏戦闘機が所属している。

 カリスマ的な士官と兵士で占められるこの部隊は、顔がいい者たちの集団であるとの批判を買いやすいが、星間連盟メックのパレードと惑星エアショーを見たら口をつぐまざるを得ないだろう。フェニックスの最も有名なパフォーマンスのひとつは、2機の戦闘機が正確なアクロバット飛行を行い、一連の高G機動を行いながら、1メートル以下ですれ違うものである。このパフォーマンスのクライマックスで、戦闘機は地上のパレードすれすれを飛行し、ジャンプするバトルメック隊の中をすり抜けるのである。

 フェニックスは相当な成功を収め続け、中心領域中でSLDFの入隊希望者を押し上げた。

 [編集注: サイモン・キャメロンの死後、緊張が高まると、フェニックスは解散し、その隊員たちは最終的に正規軍へと転属となった。第7旅団が現役を解かれたのは一時的なものと考えられたが、アマリス危機とその余波によって、星間連盟の崩壊前に現役復帰するのを妨げられたのだった]



星間連盟遠征旅団(探索者たち)

 人類が外に拡がっていくに従い、各星系の周囲の知られてない星系は減っていき、間にあるすべての星系が人類が住むのに適しているか何度もチェックされていると、一般には考えられている。31世紀に至っても、中心領域どころか元地球帝国の領内にすら未探査の星系が残されていることは、天体関係者以外にはほとんど知られていないのだ。入植される星系ひとつにつき、数百の新たな星が発見されるという状況において、初期の植民と探検任務は最も生命を保てそうな星々にのみ注視しがちであり、数百の(あるいは数千もの)星々が望遠鏡による研究のためだけに残された。

 星間連盟の創設と、植民に役立つ技術の進歩の後、SLDFは未知の状況での戦闘能力に適応できる特殊な科学支援旅団が必要であると感じた。星間連盟遠征旅団(SLEB)はその結果である。SLDFの前身である星間連盟遠征軍と間違われやすいSLEBは、利用可能な新しい資源を秘めているかもしれない星系を探査する能力と、既知宇宙の未探査な部分に隠れている敵対的な盗賊軍と交戦する能力の両方持った戦闘部隊である。

 この旅団の戦闘部隊の大半は、気圏戦闘機と無重力戦闘の訓練を積んだジャンプ歩兵小隊群である。加えて、遠征旅団には二倍の規模の航宙艦が恒久的に所属している……この追加の艦船は通常、旅団の非戦闘である員天文学者、地質学者のチームが探検用に使用する。さらにSLEBにはSLS〈パイオニア〉が恒久的に所属している。この重改造されたアヴァター級巡洋艦は、輸送スペースの半分近くを、追加の船員区画、研究所、強化天文センサーに費やしている。

[編集注: フェニックスと同じように、星間連盟遠征旅団はサイモン・キャメロンの死で緊張感が高まると活動停止に追い込まれ、その後、再編成されることはなかった]



第21親衛ジャンプ歩兵師団(ルー旅団群)

 舞台の中央に立つのは常にバトルメックであったにも関わらず、SLDFの大多数は装甲車両や歩兵のような通常戦闘部隊を持っていた。星間連盟技術は素早くバトルメック部隊に投入され、戦闘能力を高め続けてきたのだが、同じ技術が数百の装甲・歩兵連隊にも向かい、SLDFの戦力を指数関数的に飛躍させた。それら最先端の旅団のひとつが、第21親衛ジャンプ歩兵師団である。

 よく「ルー旅団(カンガルー旅団群)」と呼ばれる第21師団は、各4個連隊の旅団群で構成されるという点で、通常の歩兵師団よりも強力である。これら連隊のうち2個はジャンプ歩兵と軽歩兵輸送車で構成され、他の2個連隊はそれぞれカンガ・ホバー戦車(ジャンプジェットで比類なき機動力を持つ洗練された車両)の2個大隊を持っている。3個目の大隊はワスプ、スティンガーLAM中隊と、間接砲支援2個中隊である。

 ダヴィオン継承戦争のあいだ、ルー旅団群は戦闘の続くブリードに展開し、ドラコ連合の第4〈光の剣〉と対決せねばならなかった。第4〈光の剣〉は岩場のパノプティコンを通って前進した。この危険な地形がSLDF軍を足止めすることを望んだのである。連合のバトルメック自身が苦心していた大岩と峡谷を、カンガが飛び越えていくのを見たとき、彼らの士気は芯まで揺さぶられた。やってくる戦車と包囲するLAMのあいだに捕まった第4〈光の剣〉は、SLDFのジャンプ歩兵が近づいてくる前に和平を求めたのだった。



第3親衛バトルメック師団(トリニティ師団)

 星間連盟のために作られた、最初のバトルメック師団のひとつとして、トリニティ師団にはSLDFで最高の名射手としての評価を積むだけの時間があった。帝国の地元戦力である第3師団は火星を本拠地とし、その不規則に広がる訓練施設が位置していたのは、その後の軍事オリンピックのパレード地点の隣で、火星軍事大学からわずか1時間のところである。第3の戦士たちは射撃の腕前に秀でていたので、この師団はSLDFのガンスリンガー・プログラム(星間連盟上級戦闘機動技術計画の俗称)の実質的中心となった。ACMSプログラムを卒業したメック戦士は第3親衛師団に配属され、火星でさらに六ヶ月の訓練を積み、それからドラコ連合に配属され、DCMSの自称浪人による決闘の挑戦を受けるのである。

 これら決闘の大半はわずか数分から最大で一時間にわたって続くが、メック戦士たちが相手より有利な射撃陣地を取ろうとして数日におよぶこともあった。一度、優位をとれば戦闘自体は数分で終わる……メックはすぐ残骸に変わるのである。これら数日におよぶ対決は、地球の第二次世界大戦におけるスターリングラードのスナイパー対決に結びつけられた。星間連盟が崩壊し、ガンスリンガー・プログラムが終わるまでに、第3親衛師団の戦士たちは期待通りの成果を残したが、ドラコ連合の決闘士たちは戦いの49パーセントに勝ち、第3は47パーセントに勝った。この結果にもかかわらず、ドラコ連合のメック戦士たちは、SLDFの真の腕前を否定できなかったのである。

[編集注: 2755年、「盗賊」の攻撃を阻止して深刻な損害を被った後、第3親衛バトルメック師団は解散し、隊員たちは2765年の辺境蜂起に先駆けて他のSLDF部隊に組み入れられた]



第13親衛歩兵師団(迷信師団)

 13は第13親衛歩兵師団にとって悪い数字ではない。第13は2664年と2684年の軍事オリンピック勝者で、所属する軍団(第15軍、第35軍団)全体に、オリンパス山の坂をパレードする名誉をもたらしたのである。勲章授与式では強烈な対比が見られる。一人の歩兵(たいていはこの師団の兵卒)が、バトルメックと装甲車両の間に立って勲章を受け取るのである。第13師団は最も訓練が厳しく、親衛部隊で歩兵のみの旅団群を持つ師団のひとつである

 第15軍の一部である第13親衛歩兵師団は、主にドラコ連合を本拠地としており、師団司令部は惑星ミッドウェイにある。クリタ宙域の奥深くに通常の勤務地点があるにも関わらず、親衛師団として、第13は多量の実験技術を実地試験用に受け取っている。実際、ISFが少なくとも一度、地球の研究者が第13のために開発した魔法を見ようと、彼らの補給線に乗り込もうとしたが、第13に配属されていた海兵に阻まれたと信じられている。現代に至るまで消えない噂によると、第13師団は最初にナイトホーク・パワーアーマー・システムを使った師団の一つであり、ドラコ・リフト内(よく秘密の兵器試験が行われた)のどこかにいる他の親衛歩兵師団を相手に実地試験が行われたとされている。

 だが、後で不運が第13師団を捕らえた。エグゾダスの最中、第13はケレンスキー将軍と共に中心領域を離れると伝えていたが、不明な理由でリフト内で立ち止まる必要があり、遅れて終結ポイントに到着した。この師団はケレンスキーと共にいなくなったとされていたが、氏族の記録を現代の研究者たちが伝えるようになると、この迷信師団はエグゾダス艦隊と合流できなかったようなのである。彼らの運命は不明だ。



第77親衛バトルメック旅団(フォウル・ウェザー・フィーンド)

 26世紀の前半、地球のブリテン島で集められた第77親衛バトルメック旅団は、初代旅団指揮官の故郷の村からその名前を取られた。当初結成されたとき、第77には帝国内の過酷な環境で生まれ育った士官と下士官兵たちが多かった。テラフォーミングをしている最中の世界からの士官たちもまた引っ張りだこであった。なぜなら、第77は特殊部隊、全天候戦闘軍団になった最初の多数の旅団のひとつだったのだ。

 最初の訓練は、スコットランド北部のシェトランド諸島で行われた。演習が断続的に行われ、この中で第77はバトルメックを島から島へと動かさねばならず、海中で戦闘が起きることさえあった。フォウル・ウェザー・フィーンド(悪天候の悪鬼)はそれから地球星系内で最も危険といえる環境の場所をローテーションした……タイタンの炭化水素湖、セレス大規模小惑星帯の微少重力と真空、ジュピターの衛星、イオの放射性溶岩流である。

 この訓練演習は、旅団の歴史が終わるまで続いたが、SLDFが結成され、第77が(最初はアドバイザーとして)特殊部隊司令部傘下に入った後、若干の変更を見た。フォウル・ウェザー・フィーンドの技量は、特殊部隊司令部内の他旅団を上回り続け、特殊部隊航空大隊(フライング・ライオンズ)、スペシャル・アームズ・サービス(ブラックハーツ)、それにフィーンドが、SLDF特殊部隊のバトルメック旅団群のひとつとなったのである。最初の実戦において、第77は再統合戦争のヒアデス星団で激しい交戦を行い、タウラス連合最後の防衛戦のひとつを形成したタウラス特殊小惑星軍と戦った。

[編集注: 特殊作戦グループとして、フォウル・ウェザー・フィーンドは通常の指揮系統の外で活動し、しばしばSLDFの名簿から外されさえした。それにも関わらず、フィーンドはアマリス危機を通して現役にあったと伝えられているが、星間連盟崩壊後、ケレンスキーのエグゾダスに加わったかどうかは不明である]



第331親衛バトルメック旅団(北アメリカ師団)

 バトルメック連隊群が地球帝国装甲軍(HAF)の装甲・歩兵旅団群に組み入れられた際、外された装甲・歩兵連隊群は、他のバトルメック連隊群に加わり、旅団レベルの新しい組織が結成された。一世紀間のうちに、HAFは装甲車両と歩兵のみで構成された旅団群から、完全な諸兵科連合部隊に変わったのである。機体が現役を外されるより早く、新しい技術と機体が生産されるようになると、帝国軍はほとんど指数関数的に拡大した。

 新しいスタイルの諸兵科連合部隊のひとつが、北アメリカ師団、地球の大陸から名付けられた、2576年結成の部隊である。第331親衛を独特な部隊としているのは、他のSLDF数百個連隊に比べ、帝国内で作られた車両、バトルメックを持つだけでなく、中心領域中で作られたものも持つことだ。加えて、師団の各連隊は戦力が増強されており、4個大隊からなる……2個バトルメック大隊と、1個装甲・歩兵輸送車大隊と、1個ジャンプ歩兵大隊である。

 北アメリカ師団(当時は旅団のみ)は、2581年にテストされた。最初は外世界同盟戦闘区域に。それから再統合戦争時に独立部隊としてタスクフォース・メイルド・フィストに加わった。メイルド・フィストの最中、北アメリカ師団は辺境世界共和国のアポロに対する惑星強襲を支援した。この激しい戦いのなかで、第331はSLDF第IV軍団を支援しつつ、大きな損害を出した。この損害はあまりに大きかったので、師団が適切な戦力と練度に達成するまでに、50年近い時間が必要となったのである。



第42工兵旅団(不可能師団)

 地球工兵軍団(CoE)は、元の帝国装甲軍で最も過小評価されている部署であった。地球CoEは容易に帝国から星間連盟部隊に籍を移した一方で、元の工兵軍団は過去の地球総裁たちから長い間無視され、予算不足にあえいできた。この傾向は星間連盟でも続いた……数名の第一君主(特にジョナサン・キャメロン)は工兵よりも戦闘能力に重きを置いたのである。このため、工兵軍団は期待されている高い水準の任務を達成するため、いっそう職務に励んだのである。

 星間連盟工兵軍団で最高の集団のひとつが第42工兵旅団である。ほとんど不可能な任務ですらうまくやってのける超人的能力から、「不可能旅団」とのあだ名が付いているこの部隊は、第42機械化歩兵師団に所属していた。

 第42の最初の中核士官たちは職業軍人ではなかったが、地球の名門工業大学の卒業生だった……彼らの全員が少なくともひとつ工学、物理学の博士号を持っていた。SLDFに入隊すると、これらの男女は基礎訓練・士官訓練学校で訓練を受け、それから工兵旅団に配属された。2602年までに、人員と装備が完全に残った旅団は、工事建設用車両、産業メック、工兵、特殊歩兵で構成され、バトルメックは全旅団に1個中隊のみであった。第42はまた、特殊な改造を施されたジャンボ級降下船を配備している。これは重たいものをリフトするのに使用可能で、貨物ベイは素早く機動バトルメック修理施設に転用可能である。(このジャンボは2750年の直前に、ミュール級降下船へと装備変更された)

 サイモン・キャメロンが星間連盟第一君主の座に上った後、第42工兵旅団は第39軍団の半永久的な所属となり、中心領域中のキャッスル・ブライアン建設を支援した。彼らのプロジェクトで最大かつ印象的なのは、2743年の自由世界同盟ヘルムでのキャッスルブライアン建設であった。このナガヤン山複合施設は、SLDFが作り出した最大の弾薬庫の一つであり、最大量の戦術核兵器の備蓄があった場所の一つであった。



第20親衛海軍連隊(サイパン連隊)

 星々の世界への人類の拡大は、最初は軍事的挑戦と見られていたわけではなかった。しかし、植民した世界が多岐にわたっているという事情と、水中都市、地下都市、浮遊都市のような風変わりな環境に植民地が作られるに従い、ユニークな地形で効果的に戦える部隊の必要性は、より緊急のものとなった。タイタン(地球星系の土星で最大の衛星)で作られた第20親衛海軍連隊は、すでに厳しい惑星環境に親しんでいた……彼らが家と呼ぶ植民ドームには、絶え間なく炭化水素の雨が降り注ぐのである。

 巨大建築省がタイタンの気候を変え続けていたときでさえも、地球帝国はタイタンを特殊な環境の訓練に最適の地としたのである。危険な気象環境と、タイタン植民ドームの密集した都市環境は、CAAN(騎兵、装甲、航空宇宙、海洋)海兵にとって、活動するのに理想的な場所となった。彼らそのはニックネームを本拠地とする軍事アーコロジー、サイパンからとった。2582年にSLDFに配備される直前、第20は帝国軍事エリートの汎用性を現す一例としてメディアの関心を引いた。帝国のメディアが報道したとある有名な事件がある。連隊のローカストがタイタンの低重力を利用してバトルメックの地上速度記録を破ったのだ。このメックは時速1005キロメートルにまで達し、それから過度の負担で両足がちぎれ飛んだのだった(この記録は31世紀まで破られていない)。

 危険な環境と同じくらい、市街戦の訓練を積んでいる(密集したドーム入植地のおかげで)サイパン連隊は、通りから通り、家から家の戦闘に習熟している。星間連盟軍の多くが人口密集地、脆弱な住宅地での戦闘を避けるところ、第20はその分野の専門家であり、繊細な地域での人質事件、暴動の対処に使われる。残念ながら、時代を経るに従って、これは(メディアの影響で)民間人を傷つけるという評判に結びついた。軍事科学者たちは、戦闘の映像を見て、第20の戦士たちが建物やインフラを傷つけるのを避け、民間車両の周囲で機敏にダンスする様を確認することができたのだが。











地球帝国

 28世紀半ばは、星間連盟の中枢世界にとって黄金時代であった。帝国の市民たちは最高の生活水準を満喫し、魔法のような驚異的技術を利用可能となり、150年以上戦火に晒されることがなかった。2740年代の前半、中世趣味が星間連盟を覆い尽くし、大衆文化を支配して、キャメロン支配王朝のあいだでさえも定着した。メック戦士は騎士とされ、バトルメックは勇敢な騎馬の役割を果たした。

 革新が当代のキャッチフレーズとなった。ハイパーパルス・ジェネレーター技術の成功は、人類宙域の一番向こうとの素早い通信を可能とした。携帯型HPGは、SLDFに、展開した場所を問わない空前の通信能力を与えた。医療の向上によって、帝国の平均寿命は120歳となった。かつて致死率の高かった病気は治療可能となった……一部の病気は完全に治療された。教育の機会は他に例を見ないほどで、帝国市民が持つ科学・数学の一人あたり高等学位は他のどの国よりも多いものだった。帝国世界の工業化は、変わらず続いた。水質浄化とテラフォーミング技術は、かつて居住不可能だった世界のドアを開けた。共同管理世界が帝国企業向けに原材料を供給する一方、帝国の技術に対する需要は、他の星間連盟国家との貿易で高額の配当をもたらした。超巨大企業は海運と製造の分野で成長した。

 地球と帝国の重要な世界は、人工知能の究極の成果によってさらに守られていた……SDSネットワークである。帝国で最も頭の切れる者たちが、絶対確実でほぼ完全に自動のシステムを設計した。人工衛星、宇宙ステーション、地上施設、驚異的なキャスパー・ドローンからなるSDSは無敵と信じられていた。

 2690年、第一君主ジョナサン・キャメロンは、三つの目的……他国に対する帝国の技術的優位をさらに高める、優位を維持するために既存の技術を強化する、帝国を外部の脅威から守る……を持った軍事革命プログラムに着手した。わずか数年後、新たなプロトタイプ兵器が実施試験にかけられ、親衛部隊――SLDFの中枢を含める帝国軍部隊――が、これらアップグレードされた戦争マシンを最初に受け取った。28世紀に入ってから最初の10年が終わりに近づいたそのとき、帝国の技術は他王家の最新技術の30年先に達しており、SLDFの軍事力の中枢として貢献したのだった。

 これらのめざましい成果は、キャメロンだけに知覚できる恐怖がもたらしたものだった。地球帝国の安全がさらに確保されると、彼は星間連盟の崩壊をさらに恐怖するようになった。症状を示すまでにまだ数年間があっただろうが、第一君主の精神状態は急速に悪化していた。2720年代にダヴィオンの継承権戦争が勃発すると、帝国の脆弱性に対する恐怖がキャメロンを麻痺させ、彼に対するクーデター未遂は彼がいかに病んでいるかを知らしめた。キャメロンの妹、ジョカスタは彼の最も信頼できるアドバイザーであったが、2720年代の半ばに、非公式の星間連盟共同支配者となった。公には、キャメロンが帝国の支配を続けていたことになったが、実際には議会君主たちはジョカスタと共に働く時間が増える一方で、キャメロンは引きこもり、被害妄想を強めていった。2729年のマーリック内戦の際、キャメロンは起き上がることができず、密かに星間連盟の全権を妹に明け渡した。キャメロンが2738年に死ぬまで、ジョカスタは第一君主の座以外の支配を続け、息子のサイモンを王位に就けた。

 サイモン・キャメロンは地球帝国総裁としては優れていたが、星間連盟の統治では苦闘した。1年以内に、彼は辺境で多数の大規模な要塞の建造を命じ、これが辺境国家を怒らせた。16年前の指令41以来、辺境の反星間連盟感情は強まりつつあった。辺境により多くの経済支配を与えるものと喧伝されたこの指令は、大王家と辺境国家のあいだの規制を撤廃し、食い物にされた経済が崩壊し始めた。高まる不安によって、2741年、第三次秘匿戦争が始まった。苛立つキャメロンがSLDFに目撃し次第「盗賊の襲撃隊」を撃つよう命じたが、爆発寸前の紛争は悪化しただけだった。2740年代後半、「盗賊」の攻勢は、ライラ共和国と自由世界同盟で増大し、大々的な戦争が差し迫っているかのように見えた。キャメロンのタイミング良いSLDF海軍配備だけが、この状況を和らげたのである。

 サイモン・キャメロンは星間連盟の崩壊を恐れていた。何度も外交が失敗したあと、壮大な意思表示によって星間連盟を救うことを望んだ。地球軍事地区から戦艦の半数を護衛として集めた彼は、星間連盟の個人的な視察に乗り出した。星間連盟の一般大衆と直接つながっていれば、その君主たちを恥じ入らせることができると信じたのである。











辺境世界共和国軍



アマリス共和国防衛軍(アポロ・パイソン)

 辺境世界共和国最高のバトルメック連隊、そして共和国大統領の護衛として、アマリス共和国防衛軍はRWAで最高の装備を使用可能である。最初は「共和国防衛軍」として、23世紀中頃、共和国が創設された直後に結成されたこの部隊は、2463年にテレンス・アマリスが権力を握ると、共和国の新しい支配王家を含む名前に変わった。再統合戦争時、アポロ・パイソンは本拠地であるアポロに座し、アポロの領事にして君主、グレゴリー・アマリスを守っていた。反乱において、ほとんど損害を受けなかったアマリス共和国防衛軍旅団は、戦後の数年かけて訓練を積み、できる限り星間連盟の標準に近いところまでバトルメックをアップグレードした。

 2750年時点で、防衛軍はRAWで最も技術的に進んでおり、最も訓練を受けた部隊であり、間違いなく辺境全体で最も進んだ連隊の部類に入った。この3個大隊は、1個強襲級バトルメック中隊と2個重メック中隊からなる中核を持っている。この大重量はライラ共和国からの侵攻があったときに必要となるものである。矛盾するのだが、ステファン・アマリス就任後の辺境世界の訓練プログラム改革は、この旅団にとって大きな挑戦となった……アカデミー卒業生向けにほとんど席を用意していないアポロ・パイロンに仕えるのは大きな名誉だと考えられていた。その結果、アマリス共和国防衛軍は平均的な卒業生の技量上昇から得られる利益が少なく、よって旅団は停滞し始めたのである。



第1アマリス装甲化隊(ティンブクトゥ・テラーズ)

 他の辺境国家のように、特に再統合戦争後の期間、辺境世界共和国の軍隊は、主に装甲、歩兵部隊で構成されていた。その理由は、車両がバトルメックより容易に大量生産、整備可能で、歩兵は訓練と補充が容易だからである。共和国のティンブクトゥ地区が作られた後、ライラ共和国と自由世界同盟の軍事的冒険主義を防ぐために、RWAの前線部隊を拡大して、国威発揚する必要性が増した。最初に作られた新連隊のひとつが第1アマリス装甲化隊だった。

 暑く湿気の多いティンブクトゥ(ここで彼らは地元の盗賊を圧倒的火力で恐れさせた)で結成されたことから、「ティンブクトゥ・テラーズ」とニックネームをつけられた第1装甲化隊は、実のところ再統合戦争に参加しなかった。星間連盟、ライラ、自由世界旅団を避けた彼らは、中隊規模の部隊に分かれ、ナイトウィッシュからマーラーまでの惑星駐屯部隊に派遣された。アマリス第一執政官に名目上の忠誠を誓ってるだけのティンブクトゥ・テラーズは、星間連盟軍の目標になる可能性があったが、行政区の広範囲な植民地を盗賊、海賊の攻撃から守ることに専念し、従って星間連盟の侵略者がやってきたときにありふれた市民軍として振る舞い続ける決断をした。

 28世紀までに、各ティンブクトゥ・テラーズの大隊の中核は、アポロの工場で生産されたバトルマスター・メックを1個小隊持っているのみである。戦力の残りは、60トン以上の無限軌道車両からなる。ライノ戦車、機動ロングトム間接砲、装甲化歩兵を多量に持っている。



第5アマリス機兵連隊(地獄の門)

 ステファン・アマリスが辺境世界共和国の大統領になったのは、共和国内の軍需産業にとって朗報だった……アマリスはRMAを規模拡大しようとしたので、彼の治世の間、何百もの新連隊が創設され、国内で多数の工場が必要になったのである。新連隊の大多数は、軽機兵隊に分類されるものであった。なぜなら、辺境世界共和国の工場は、大型機よりも先進の中軽量級バトルメックを遙かに生産できるからである。

 これら新部隊のひとつが、2744年、ボーン=ノーマンの世界で結成された第5アマリス機兵連隊である。フェニックスホークとシャドウホークを中核に組織され、偵察用にワスプとスティンガーを持つ第5機兵連隊は、さらに1個気圏戦闘機大隊とスティンガーLAM中隊を持っている。この機動性と火力の組みあわせによって、第5機兵連隊は軽機兵隊の中でも群を抜く存在となったのである。

 第5機兵連隊が実戦を味わったのは、連隊の一部がライラ国境の近く、アイカーに配備されたときのことだった。1個大隊近い規模の正体不明の盗賊部隊が惑星に降下し、大規模な小麦農場の備蓄庫に向かったのである。地元の守備隊はこれら盗賊にかなわないと感じ、第5機兵連隊が到着するのを待った。通称「地獄の門」連隊は降下船で低軌道に入り、2個大隊を戦闘降下させた。戦闘機とLAMを使って敵陣地に機銃掃射をかけた第5機兵連隊は、メックを動かす前に――それどころかメックが地上に降り立つその前に、盗賊の半数を殺したのである。生き延びて脱出した盗賊たちを追い詰めるのに一週間もかからなかった。盗賊たちは腕の立つメック戦士だったのだが、第5機兵連隊は交戦を通して1機のスティンガーを失ったのみだったのである。



第3アマリス軍団兵隊(レッド・ドット・ライダース)

 SLDF第500バトルメック旅団が募兵・宣伝の道具として成功しているのを見たセランタ・アマリス大統領は、従兄弟が発した軍事増強命令を使って、共和国のメック戦士の名声を高めるために、デモンストレーション連隊を作り上げた。第3アマリス軍団兵隊はアポロで立ちあげられ、アポロ軍事アカデミーのトップ10パーセントに入る卒業生のみが所属を許された。結成からの数年間、この「レッド・ドット・ライダース」は、RWAで最高の旅団と演習を続けた。

 だが、第3アマリス軍団兵隊はデモンストレーション連隊以上のものであった。そのショーマンシップに加え、軍団兵たちはRWAの前線部隊としても活動したのである。第3軍団兵隊の技術は2635年に試されることになった。アルファ大隊が兵士募集パフォーマンスのため、共和国のヴァルチャーズ・ネストにやってきたときのことである。レッド・ドット・ライダースのマークスマンシップを見に来た民衆の真ん中で爆弾が爆発し、直後、装甲部隊(後に再統合戦争から残されていた反アマリス反乱軍と判明)による攻撃が始まったのである。

 近くで民間人が死んだことに激怒し、砲火にされされた第3軍団兵隊は素早くバトルメックを結集させ、敵と交戦した。軍団兵隊が見せた群を抜くマークスマンシップと射撃精度は、人口過密の首都で反乱軍の戦車と交戦してなお、レーザーやオートキャノンの射撃で死ぬ民間人を最小のものとしたのである。最初の混乱の中で損害が発生したのだが、メック戦士たちが見せたプロフェッショナリズムは忘れられることがなかった……その後の数十年にわたって、バトルカムの映像が共和国中で流れたのである。



第8共和国軍団兵隊(ニュー・インディア・イレギュラーズ)

 現代のどの軍隊においても、最もマンパワーを使うのは歩兵部隊である。これは辺境世界共和国とその大規模な市民軍旅団においても同じである。大王家の大半は惑星市民軍(たいてい地元民の志願兵からなる)を持つ余裕があるが、その一方、辺境世界共和国は多くの世界で募兵を拡大せざるを得なかった……人口が少ない一部の惑星からも充分な人的資源を引き出すためである。場合によって、これらの追加人員は、他の任務にまったく向いていないという理由で市民軍に入れられた者たちだったりした。単に期待に背いたからというケースもあった。第8共和国軍団兵隊は、そのような歩兵部隊の典型例である。

 第8共和国軍団兵隊は、当初、ニューインディアで立ちあげられた……2415年、この世界が共和国に公式加入した時のことである。最初は大隊規模だったこの部隊は、フォールン・スター、ミルヴァノなど、近くの世界の駐屯任務を任された。両世界はテラフォーミング実行中であり、従って、その時点では人口が少なかったのだ。エルドヴィン州が作られ、州内の駐屯すべき星系を把握した後で、RWAは兵数を増やすべく第8に信頼に劣る兵士たちを送ると同時に、他の信頼できる部隊からトラブルメーカーたちを引き抜いた。

 この慣習は小規模なRWA中に広まり、第8共和国軍団兵隊は、不運な士官と、本来であれば軍刑務所に行くような兵士と、退役軍人給付金を受け取れる期間だけ軍に残ろうとする予備役兵のゴミ捨て場となったのだ。2750年までに、この旅団は、4000名以上の通常・自動車化歩兵からなる5個連隊となり、10近い共和国世界の守備を任された。











主要人物



タイ・ヤン・クアク(カペラ大連邦国)
階級/称号: 大佐(退役)/マスキロフカ長官(2720年-2771年)
生年: 2673年(77歳、2750年時点)

 27歳の時、クアクは実弾演習でほとんど死ぬところだった。破片がコクピットに突き刺さり、右目をつぶし、小脳に傷を与えたのである。クアクは2年かけて歩き方を学び直したが、メック戦士に必要なバランスと目測が回復することはなかった。大連邦国に身を捧げる彼は、治療のあいだ、CCAFの現役に戻る道を探した。いくつかの選択肢を検討した結果、クアクは心理学に対する愛情を再燃させた。2708年、彼はシーアン大学で博士号を得て、CCAFの諜報部門に移った。最初の配属先は、心理戦の研究部門だった。元メック戦士という経歴を利用して、メック戦士の捕虜から情報を得るテクニックをいくつか開発したのだった。その後、彼は秘密作戦部門に移り、工作員たちに尋問抵抗の訓練を行った。

 クアクは優秀であった。人々の心を読み、操る達人であり、これらの才を使って、見る間に昇進していった。驚くべきことに、出世のライバルたちはよくある「事故」にあうことはなかった。彼らは突如としてスタンスを変えて、熱心な支持者になるのである。アイディアと能力に支えられた彼は、わずか12年後にマスキロフカの長官となった。

 彼がよく言っていたのは「リーダーシップとは部下にやらせたいことをやらせることである。なぜなら、彼らはそうしたいからだ」だった。彼はスキャンダルを掘り起こすコツを知っていた。あまりに上手くやるものだから、死神でさえ訪問をためらうとのジョークが言われていたくらいだった。クアクは長年にわたって自ら大勢の工作員と情報提供者を管理していた。彼の指導の下、マスキロフカは情報収集力を相当に上昇させたのである。



サトシ・ナカムラ(ドラコ連合)
階級/称号: ローニン・メック戦士
生年: 2720年(30歳、2750年時点)

 サトシ・ナカムラはニューサマルカンドで生まれた。彼の両親は、22世紀のブンラク・ドラマ「人類の君が代」を演じていたことから、このドラコ連合元主星全体で有名であった。彼は、伝統と学識、そして残念なことにセレブ文化の中で育った。幼少期のサトシは、家業、ブンラクの実演、詩の暗唱、ショドーアートの実演を学んだ。彼はハンサムな若者に成長し、たいていの男たちと同じように、メック戦士になることを望んだ。

 両親の後押しと影響力により、17歳の時、サン=ツァンメック戦士養成校への入学を許された。彼は軍事コースよりも哲学コースで遙かに良い成績を残し、卒業後、ライラ共和国の国境に配属された。サトシは十数回におよぶ国境をまたいだ襲撃の防衛に参加し、ゴイトに駐屯していた際には海賊による不運な攻撃を受けた。海賊団は彼が守りをまかされていた小さな工業都市のひとつを攻撃した。そして海賊は珍しく装備が良かったのである。海賊はサトシの準備が出来ていなかったメック小隊を待ち伏せした。熾烈な砲撃の後、サトシは破壊されたメックからの脱出を余儀なくされ、小隊の残りは全滅した。

 徴発した民間車両で本部に帰還したサトシは、部隊で唯一生き残ったという汚名をそそぐために、自殺するよう指揮官から命じられた。彼は拒否し、「真の不名誉とは、悪い戦士のメンツを保つために、良い戦士を失うことだ」と述べた。サトシは襲いかかってきた指揮官に剣を抜き、首を切り落とした。

 サトシ・ナカムラは誰よりもドラコ連合への忠誠を持っていると自分では考えていたが、DCMSは彼をローニンと考えた。2749年までに、サトシはウルバリーンを入手し、真っ黒に塗って、「シャドウダンサー」と名付けた。彼は好意的な民間船を使ってライラ=連合国境を移動し、盗賊の攻撃から小さな街を守ろうとしている。



トーマス・グリーン=ダヴィオン(恒星連邦)
階級/称号: ニューシルティス摂政(2745〜2753年)、元帥、カペラ境界域君主
生年: 2688年(62歳、2750年時点)

 トーマスは恒星連邦のふたつの名門一族の出身であり、よって人生を自由に選ぶことが出来、目標を達成するのが約束されていた。ニューシルティス生まれであるが、彼は地球で教育を受けた――恒星連邦で星間連盟国家行政官を努めている母の跡を継がせたいという家の意思があったからである。そうする代わりに、彼は父の跡を継いでAFFSに入隊し、戦場に外交能力、問題解決能力を持ち込んだ。

 ダヴィオン継承権戦争のあいだ、トーマスは狡猾な士官であり抜け目ない戦術家であることを証明してみせた。彼は2729年のロイヤルの戦いで脚光を浴びた……ジョセフ・ダヴィオンがドラコ連合軍に殺されたときのことである。ダヴィオン兵が潰走する間、トーマスのウルバリーンがドラコ戦線の後ろに這い寄り、国王の遺体を奪還したのである。この勇敢な行動から、当時、空いていたニューシルティス摂政の地位を与えられた。戦争が終わる前に、トーマス・グリーン=ダヴィオンは、元帥に昇進し、正統後継者のリタ・ハセクが2753年に地位を引き継げるようになるまで、カペラ境界域君主を努めたのだった。

 グリーン=ダヴィオンは、母方の一族との関係を保ち、恒星連邦とカペラ境界域で星間連盟の法律を実施し調整するにはどうしたらいいのか星間連盟国家行政官が求めていたものを与えた。



ダニエル・アリソン(地球帝国)
階級/称号: SLDF大佐(退役)/カロン工業、バトルメック設計担当副社長(2743年-2775年)
生年: 2668年(82歳、2750年時点)

 アリソンは第四世代のメック戦士であり、母親の勤務に同行して帝国内で育った。彼は火星の軍事大学に入学し、2690年、第135親衛バトルメック師団と共に最初の勤務地に送られた。アリソンはすぐに、群を抜いたマークスマン、抜け目ない戦術家としてSLDF内で名を上げた。ヘイゼルハーストの海賊退治で見せた勇敢さは、第135師団指揮官、エリス・ウィルフレッド将軍の注目を集めた。2692年、アリソンは第135師団からアフロスのガンスリンガー訓練に送られた3人のうち1人となり、1対1の戦闘で教官全員を打ち負かした唯一の訓練生となった。ジャック・ヘンリー・フィエスタ大佐と戦ったアリソン最後の試合は、48分にもおよんだ。

 2701年までに、アリソンは大佐に昇進し、第29親衛竜機兵団連隊の指揮を任されていた。この年、第29連隊はアナポリスにローテーションした。ここではクリタの決闘士たちが、31勝0敗という驚異的な記録を誇っていた。アリソンの最初の決闘は、トモ・フクハラ少佐に対するものだった。フクハラが先手を取ったのだが、アリソンはレーザーとミサイルの大半を避けた。

 お返しにアリソンはPPCを一発放ち、敵メックの左脚を痛めつけた。次の砲撃はフクハラのLRM10弾薬に到達し、SLDFにアナポリスでの最初の勝利をもたらしたのである。42年間、20の世界におよぶアリソンの成績は、59勝0敗1分である。

 75歳の誕生日にアリソンはSLDFを退役し、カロン工業でバトルメック設計担当副社長の職務についた。彼は多数の名高いプロジェクトに関わったが、ガレットD2j目標補足・追跡システムの父として思い出されることが多い。



オムプラカシュ・ジューン(外世界同盟)
階級/称号: 議長/指揮官、同盟国境連隊(2748年-2773年)
生年: 2704年(46歳、2750年時点)

 再統合戦争後に同盟国境連隊が再建されて以降、ジューン議長は最も成功した指揮官の一人である。他のAMC士官とは違って、ジューン議長は恒星連邦でメック戦士としての訓練を受けた。ドラコ境界域で暮らす裕福な叔父から援助を受け、外国人として珍しい機会を得たのである。卒業祝いとして、この叔父はダヴィオンの継承権戦争で残された損傷状態のワスプを買い与えた。AMCに士官として入隊する志願書を提出すべく帰国したジューンは、ワスプで降下船から下りて、アルフレッツの惑星駐屯地に向かうことでそれを果たしたのである。再統合戦争以降、同盟内では軽量級メックでさえも見ることが珍しく、訓練されたメック戦士が同盟を半日常的に襲撃する数十の盗賊団に加わるのではなくAMCに喜んで仕えたことは、オムプラカシュに同盟国境連隊(数少ないバトルメック連隊で、新しく推進された不人気な諸兵科連合部隊)での管理者の地位を保証したのである。

 恒星連邦で受けた訓練は、国境連隊に同行する装甲歩兵部隊に対処する大きな助けとなった。2730〜40年代の間、彼はスピンワード国境の襲撃部隊を相手に幾度も自身の価値を証明し、勝利を重ねるごとに昇進していった。2748年、彼は同盟国境連隊の議長に昇進し、同盟内のどんなバトルメックでも使える立場にあったのだが、信頼するワスプのコクピットにいることを選んだのだった。



ザット・ダグ(辺境世界共和国) XATT DAGUE
階級/称号: 大佐、第4アマリス竜機兵団指揮官(2740年-2775年)
生年: 2696年(54歳、2750年時点)

 ザット・ダグは26世紀にまでさかのぼる先祖代々のメック戦士である。共和国の世界ティンブクトゥにあるダグの私有地には、事実上の博物館があり、辺境世界共和国で最大の私有メックコレクションが存在する。このような環境で育った若者が、一族の伝統を継ぐのはほとんど必然であり、アポロ軍事アカデミーに入学することとなった。従って若干12歳で一族の年代物ローカストを操縦していたことは驚くべきことではないだろう――正式に入隊する4年前のことである。

 20歳でメック戦士訓練を終えたダグは即座に第4アマリス竜機兵団に配属され、スターズエンド周辺の地域に展開した。ここで彼は頭角を現した……「ガストレルの虐殺」の後、第2ライラ防衛軍と共にガストレルへ配備されたときのことである。惑星を占領するライラ軍との共同パトロールの間、彼はライラのメック戦士にガンスリンガー式の決闘を求めた。シャドウホークでライラのハンチバックやファイアスターターと戦った彼の腕前は、最初こそたいしたことがないものに見えたが、オートキャノンでの射撃術は伝説的なものに他ならないと証明された。結果、「イーグルアイ」のニックネームを賜ったのである。

 第2ライラ防衛軍がガストレルを発った後、ダグは軍事パレードを行うことで名を上げ、RMAのさらなる注意を引いた。ダグはまたアポロ軍事アカデミーで弾道学とバトルメックの操縦を教えることに時間を費やした。




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