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作成:2015/10/22
更新:2015/11/29

カペラ・クルセイド THE CAPELLAN CRUSADES



 スフィア共和国創設以降、カペラ大連邦国のサン=ツー・リャオ首相は、奪われた領土の奪還を常に狙っていました。3081年のゴールデン・フォートレス作戦(失敗)から30年経った3111年、寿命が近いのを悟ったサン=ツーは、スフィア共和国に兵を差し向けます。カペラ・クルセイドの始まりです。
 この戦いには、新旧の有名キャラクターが多数参戦しており、歴史の転換点の趣があります。










カイ・アラード=リャオ
階級/地位:第V宙域君主政務官(引退)
生年月日:3030年(3111年時点で81歳)

 カイ・アラード=リャオとカペラ大連邦国の関係は複雑なものである。キャンダス・リャオ(サン=ツー・リャオ首相からの独立を求める叔母)とジャスティン・キング=アラード(マスキロフカに浸透した二重スパイ)の息子であるカイは、産まれた国によって彼の存在そのものが反逆に近いものとなってしまうことがよくある。だが、彼のバトルメック操縦術は、たいていにおいてこれらの懸念を和らげるものとなった。カイはNAMA(ニューアヴァロン軍事学校)時代に「勝利不可能」のラ・マンチャ・シミュレーションで引き分け、氏族侵攻の際は一連の印象深い戦闘を繰り広げ、ソラリスVIIのアリーナを支配し、ブルドッグ作戦に参加し、大拒絶ではウルフ氏族と戦って引き分けた。だが、カペラ内戦時の彼のリーダーシップは、従兄弟であるサン=ツーに慕われることがなかった。この紛争後、カペラ大連邦国は聖アイヴス協定を再吸収し、すべての敵意は許された。連邦共和国内戦の際、カイは友人であるヴィクター・シュタイナー=ダヴィオンの連邦共和国奪還を助けた。内戦終結から1年後、カイの母親が、ブレイク派のシーアン攻撃で殺され、カイは公式に聖アイヴス公爵となった。

 カペラ・クルセイドが3111年にやってくるまでに、カイはこの60年間、全銀河で最高のメック戦士と考えられるようになっていた。3049年以降、中心領域の大きな紛争にほぼすべて参加したカイは、戦争の酸いも甘いもかみ分けていた。ゴールデン・フォートレス作戦の最中、彼は第1聖アイヴス槍機兵団の指揮を放棄し、共和国へと亡命した。それは、第四次継承権戦争以来、カペラ大連邦国が支配していなかった世界を攻撃せよと命じられた後でのことだった。聖戦の混乱から中心領域が落ち着き、シルバーホークとカペラの侵攻が終わると、第V宙域の政務官たちは、3085年、カイを君主政務官として選出した。これによってカイは武器を置くことを許され、戦争の恐怖と困難から一時的に逃れることができたのである。

 カイは君主政務官として一期を務め、3095年、政治の場から引退し、子供たちとの緊張した関係をできる限り修復することを選んだ。だが、3110年、この伝説的なメック戦士は、精神的、感情的な苦痛の兆候を見せ始めた。まだ正気を保っていたカイは、妹のクアン=インとの関係を修復すべくカペラ大連邦国へと赴いた。地球に戻るにあたって、カイは残りの人生を平和に過ごすことを選び、心がはっきりしているときには友人のヴィクター・シュタイナー=ダヴィオンのところを訪問した。

 カイの求めた平和は続かなかった。1年以内に、大連邦国の兵士たちが、カイの古い政治的な足場において、最も恐ろしい悲劇のひとつを引き起こしたのである。理由もなく人命を奪い、新たな戦争を賛美したことによって、カイは腹心と医療専門家のアドバイスを無視し、中心領域中で語り継がれる「大暴れ」をすることになる。伝説的な存在であることから、クルセイド中の偉業は共和国、カペラ両方の市民の心をつかんだ。停戦後、カイの征服に関する無数のホロビッドが国境の両側で作成された……描かれていることの大半は、その性質上、怪しげでセンセーショナルなものになりがちであった。






ダオシェン・リャオ
階級/地位:カペラ公爵
生年月日:3071年(3111年時点で40歳)

 幼少のころから、ダオシェン・リャオ=セントレラ(ダオシェン・リャオと自称)は、自分の神性を信じていた。おばのカーリー・リャオは、この信念を植え付ける一因となり、取り巻きたちもそれを後押しした。ダオシェンは幼いころから、会う人ごとにこれを主張し、最も極端なケースでは、喧嘩、拷問、処刑まで行くこともあった。生来の優越感によって、彼の回りには大勢のサイコパスたちが引きつけられた。同僚、貴族、CCAF高級将校のあいだで、彼が残酷であるとの評判は高まった……なぜなら、ちょっとした違反でも処分し、彼に気に入られている者たちでさえもその気まぐれから逃げることができなかったからだ。

 成長すると、ダオシェンの威信はカペラ大連邦国の大衆の間で大きくなり、ヴィクトリア戦争での軍事指導でさらなる栄誉がもたらされた。一般市民は、サン=ツー・リャオが物故したら、ダオシェンが大連邦国の抜け目ない指導者になると信じていた。実際、ダオシェンが神の末裔としてサン=ツーの偉大さを上回るとさえ信じる者が多くいたのだ。なぜなら、ダオシェンが軍事により直接的にアプローチするからだ。ダオシェンは、国家の未来に関する様々な面で、父と対立した。噂によると、ダオシェンは父が死の病に冒されていることを知ると、首相の座を放棄するよう強要しようとしていたという。サン=ツーの権力基盤の中で亀裂が生まれ、支持者はサン=ツー(カペラ・クルセイドまでの数年間、公の場にほとんど出なかった)とダオシェン(多くの征服を成功させてきた死にゆく首相の聖なる息子)のあいだで分かれた。ダオシェンは父親が身を隠しているのを利用して、カペラ軍内でかなりの指示を獲得したのだった。

 サン=ツーが残された時間をどう使うか選んだとき、ダオシェンは自分が神であるという評価を固めることに成功しており、この信心を利用して、クルセイドにさらなる支援を集めようとした。サン=ツーが崩御すると、ダオシェンは父の影に脅かされることなく自分の狙いに邁進することが可能となったのだ。ダオシェンを抑制するサン=ツーの指導がないことから、残酷という彼の評判は高くなるのみである。








叫びの夜 THE NIGHT OF SCREAMS

 セレスティアル・スピア作戦になるものの真なる始まり(カペラ・クルセイドの初弾)は、3110年後半にもたらされたが、原因となった病は30年近くにわたって膿み続けていたのである。スフィア共和国が創設されて以来、惑星リャオにはほとんどいつも低強度のテロリズムが蔓延していた。そこはリャオ家の歴史的な故郷であり、カペラ大連邦国リャオ共和国の元主星であった。地元の治安当局は、これらのテロ活動を追いかけ、惑星リャオを大連邦国に戻そうとするカペラシンパの広大なネットワークに突き当たった。カペラのマスキロフカ工作員に操られるこのネットワークは、あまりに巨大すぎ、秘密を守っており、順応性がありすぎて、地元の治安当局の手に余ると証明された。RAFもまたこの脅威を完全に封じ込めることができなかった……なぜなら、このネットワークを根絶するには、RAFは戒厳令を発動して、かなりの軍事力をこの惑星に割かないとならなかったからだ。それは他の方面で共和国を弱体化させることになる。残念ながら、戒厳令を敷いても地元民を怒らせることになり、事態を悪化させるだけだった。最終的に、RAF最高司令部は、たまのテロ活動を低い優先順位と見なした――共和国の安全を続けるには、受け入れられるコストとしたのである。治安当局と協力したリャオ常備防衛軍が、結果として引き起こされたテロリズムに対処せねばならなかった。だが、常備防衛軍が大きなセルを破壊するたびにいつも2つの小さなセルが取って代わるかのように見えた。3110年までに、状況はゆっくりと沸騰し、RAFからの援助はやってこなかった。

 ヴィクトリア戦争が終わる前から、サン=ツー・リャオと戦略調整官はスフィア共和国への侵攻を計画しており、惑星リャオの状況は共和国への最初の一発を放つのにふさわしいところまで進んでいたのである。惑星リャオにいた常備防衛軍の士官の何人かが、繰り返されるテロの暴力に不満を漏らしており、マスキロフカの工作員が大連邦国側につきそうな一人を選び出した。この候補者、ダニエル・ピーターソン中尉は、RAFがカペラシンパに対して何もしないことに疲弊を募らせていた。3110年11月にまとまった計画が最終的にマスキロフカのところに届くことになる。ピーターソンは大連邦国の深襲撃部隊がリャオに上陸して、惑星を奪い取る意思を示したら、RAFの正規軍が対応せねばならなくなるだろうと信じていた。強力なRAFが惑星上にいたら、テロリズムは勇気をくじかれることになろう。少なくとも、それがピーターソンの目的であった……彼がサインした作戦は、彼が望んだように進まなかった。

 3111年10月11日、カペラ国境に不穏が蔓延してから約一ヶ月後、1隻の航宙艦がリャオ星系のパイレーツポイントに到着した。切り離されたオーバーロード級降下船1隻がRAFのコード・クリアランスを発信し、上陸許可を求め、星系を移動して首都チャンアン外部の宇宙港に着陸した。日が暮れた直後、CCAFがこの降下船からあふれ出て、首都への進軍を始めた。ピーターソン中尉はカペラの降下船1隻を上陸させることに合意していた。オーバーロードは1個大隊の兵士を輸送するように設計されている……この降下船は1個バトルメック連隊全体をのせられるよう大幅に改造されていたのである。アナリストによると、降下船に追加の兵士を積むには、移動中に再補給する必要があった(非常に危険な行為である)。そして、惑星リャオに向かう航宙艦とドッキングする前に、ジャンプポイントでもう一度補給せねばならない。このオーバーロード級は、パイレーツポイントからリャオの地表に到達できるだけの燃料が詰まれていた。セレスティアル・スピアーの攻撃部隊は、片道の準備をしていたのだ。

 下船してから数分以内に、ホルドファスト近衛隊2個大隊とデスコマンド1個中隊は、チャンアンの通りで砲火を開いた。駐屯していた常備防衛軍の装甲・歩兵部隊は、展開する時間がほとんどなく、短いが熾烈な戦闘で虐殺された。カペラ人は、この都市で唯一の軍隊に勝利すると、チャンアン全体に火をかけた。CCAFのメックが建物を崩す一方、歩兵たちが通りで民衆を撃ち倒した。カペラが上陸してから2時間以内に、チャンアンは炎上し、被害者の数は夜通し増え続けた。

 スフィア共和国の市民は、この奇襲を「リャオの大虐殺」と呼んだ……カペラ兵は「叫びの夜」とした。だが、両陣営は、「リャオの裏切り者」(当時は正体不明)が破壊と大量殺戮の責任者であることを知っていた。ダニエル・ピーターソンは、当初、攻撃によって死んだと思われていたが、虐殺から逃れたとの証拠が後にあがった。しかしながら、死亡者の中には彼の両親がいた……それは裏切り者が予想していなかったもうひとつの結末だったのだ。

 一見したところ、大連邦国はチャンアンに完全な混乱を巻き起こそうとしていたように見えたが、破壊の経路は完全にランダムというわけではなかった。リャオ軍事学院や公民行政管理館のような重要な施設は目標外とされ、カペラのシンパが住んでいた地域は、住民が安全なところに退去するまで、破壊を免れたのである。メッセージは明確だった……カペラ大連邦国はできるだけ多くの共和国忠誠派を排除して、リャオを奪還しようとしているのだ。

 チャンアンが確保されると、セレスティアルスピア作戦の第一段階は完了した。二日後、ダイナスティ近衛隊の記章を帯びたもう3隻の降下船が到着した。いまやスフィア共和国全体がリャオと戦うことに注意を向けていたので、惑星上のカペラ兵すべてが、来たるべきRAFの逆襲に備えて守りを固めた。だが、やってきたRAFの援軍は、第V宙域の中心を救うには遅すぎたのである。虐殺による民間人の死者は、十万人に及ぶと考えられたが、この紛争の性質を変えることになるのは、一人の民間人の死だった。有名なメック戦士カイ・アラード=リャオの娘、元共和国上院議員メリッサ・アラード=リャオが父から距離を置いてリャオで余生を過ごしており、リャオ虐殺の件を聞くと直ちに人道支援のため、がれきと化したチャンアンに向かったのである。カペラ軍がパルチザン抵抗軍最後の拠点を追い詰めるあいだ、メリッサは数十の野戦病院と救援活動を監督した。ダイナスティ近衛隊が上陸した直後、共和国の担当者はメリッサと連絡が取れなくなり、以降消息不明となった。だが、メリッサが最後にいた場所の近くでダイナスティ近衛隊の1個歩兵小隊が活動しているのが目撃されており、この地区の支援施設はすべて後に爆撃されるか放棄されている。メリッサ・アラード=リャオが行方不明になったことで侵略したカペラが直接に非難され、一ヶ月もしないうちに元上院議員は死んだものと推定された――集団墓地にさらに数千の身元不明の遺体が入っていたからである。


野獣目覚める AWAKENING THE BEAST

 ディヴァインライト作戦の初手、セレスティアルスピア(リャオ浸透と強襲)はあらゆる面で多大なる成功を収めた。カペラ戦略会議本部は、RAFの注意を国境からそらし、カペラシンパの支持を煽り、この惑星をリャオ家のシンボルにしようとした。これらの面において、セレスティアルスピア作戦は期待を超えていた。残念ながら、リャオの虐殺におけるメリッサ・アラード・リャオの死は予想せぬ結果であった。

 メリッサの死が父であるカイ・アラード=リャオの耳に届くまでに、ディヴァインライト作戦は順調に進行中であった。そのとき、カイは地球におり、長年の友人である聖騎士ヴィクター・シュタイナー=ダヴィオンと弟子にしてヴィクターの息子である騎士バートン・ダヴィオンの訪問を受けていた。リャオの攻撃が起きる少なくとも一年前に、カイは種々の精神的疾患にかかっていた……遁走状態、失見当識、軽度の認知症の兆候などだ。親しい友人や側近たちはずっと症状を隠してきたが、カイはもう隠せなくなっていたのだ。この状況を公にするより、カイは地球にいることを選び、ここで友人たちと過ごす一方で、それが誰かわかる程度の精神状態を保っていた。

 最初にヴィクターとバートンは前線からの報告をカイが聞けないようにしようとした。彼の症状が悪化するリスクを避け、軍事と政治の場から遠ざけるためである。だが、メリッサの死を隠そうとはしなかったのである。伝えられるところによると、カイは娘の運命を聞いて怒り狂い、カペラ首相であるいとこの名を呪い、カペラ大連邦国そのものをあしざまにののしったという。カイは前線からのコミュニケが全部手に入るように求め、公式に戦争に参加できるよう要求した。ヴィクター、バートン、そしてデヴリン・ストーンその人までもが、引き下がるように言ったのだが、カイは聞き入れず、大連邦国に対する復讐を実行するというただ一つの目的を追い求めるために医療的なアドバイスに背くことを選んだ。友人たちがしきりに促したにもかかわらず、一週間以内にカイと伝説的なメック、イエン=ロー=ワンは地球から消え失せた。

 カイの症状を考えて、ヴィクターはカイと周辺を心配した。このような状態では、カイはほとんど誰も信用しないであろうし、ヴィクター自身がカイを追いかけるべきだった。不幸なことに、カペラが国境を侵略したというニュースがもたらされ、ヴィクターは地球を離れられなくなった。ここで彼はスフィア共和国の防衛を統制することに才能を使ったのである。代わりに、バートンがカイの捜索を託された。バートンの若かりし頃、カイはバートンの助言役を務め、二人はそれ以来友情をはぐくんでおり、この仕事の適任者としていた。準備が済むとすぐに、バートンと3名の遍歴騎士見習いは地球を離れ、リムワードに航宙艦を向かわせた。

 すぐさま居場所を探したにも関わらず、カイは一ヶ月以上姿を現すことがなかった。


リャオ再訪 LIAO REVISITED

 惑星リャオがセレスティアル・スピア作戦による奇襲を受けた際、惑星を守っていたのは常備防衛軍の小規模な分遣隊に過ぎないものであった……それは国境から遠く離れていたからだ。この地域のRAF正規連隊の大半は、すでにCCAFと前線で交戦していたか、救援に駆けつけるにはあまりに遠過ぎる場所にいた。唯一の例外は、リャオの虐殺が起きたとき、ニンポーに駐屯していた第5ハスタティセンチネルスである。

 共和国のエリート戦闘部隊の一つとして、第5ハスタティは、予期せぬ事態の発生に備えて、直ちにリャオを守るためにジャンプをする用意をしていた。チャンアンが破壊された後の夜、第5ハスタティ指揮官カンジダ・モレロ准将が宿舎で死んでいるのが発見された。リャオ出身であるモレロは酒豪として知られており、叫びの夜のニュースを聞くと深酒を煽った。検死結果は決定的なものであり、アルコール中毒が原因とされた。だが、第5ハスタティの隊員たちは卑怯なやり口を疑った。事実はどうであれ、モレロの死によって第5ハスタティがリャオ危機にすぐさま対応するのを妨げられることはなかった。ついに進軍命令を受け取ったとき、CCAFの兵士たちはすでに惑星をがっちりと握っており、第5ハスタティの到着に備えて守りを固めていた。

 カペラがリャオの宇宙港を支配していたことから、第5ハスタティは、チャンアンから遠く離れたシェン・ディアン・リッジへの上陸を余儀なくされた。指揮官の死ですでに混乱していた第5ハスタティの兵士たちはいつもよりさらに注意を払ってチャンアンへと進んでいった。塹壕に入ったホルドファスト近衛隊は激しい抵抗を示したが、ダイナスティ近衛隊のメックによる小規模な分遣隊が敵戦線の後方を迂回し、第5ハスタティ現在の指揮官、アダム・ディサントス大佐を狙ったヘッドハンティング任務を成功させた。二度目のリーダー不在に陥った第5ハスタティは圧力を受けて縮こまり、再結集のため降下船に退却した。

 2週間にわたってパトロールを交わした後、カノー・ヒガシ名誉大佐は1機のメックが指揮所に近づいているとの報告を受け取った。このメックは、カペラの配色でなく、全中心領域で最も有名なセンチュリオン、イエン=ロー=ワンの配色であった。ヒガシ名誉大佐の第5ハスタティ本部に案内されたカイ・アラード=リャオは、センチュリオンのコクピットから出てきて、連隊の指揮権を求めた。カイが君主政務官をつとめていたあいだ、第5ハスタティは第V宙域で最上級の連隊と考えられていたことから、また隊員全員がカイを尊敬していたことから、誰も疑問を呈することはなかった。

 実権を握ったカイは、カペラ兵に対する攻勢をやり直した。一撃離脱戦術(カイがラ・マンチャ模擬訓練戦で勝った際の戦術に似ていた)を使ったカイと部下たちは、ダイナスティ近衛隊を切り崩していった。ほとんどの交戦においてカイが前線に立った。戦列の先頭に立って近づいてくるイエン=ロー=ワンを見て、ダイナスティ近衛隊の中にためらいが波紋のように広がった。多くの場合、このためらいによって、チャンアン外部での小競り合いは、第5ハスタティの勝利に終わったのである。3111年が終わるまでに、スフィア共和国とカペラの戦いは膠着状態に陥り、カイのリーダーシップがあっても覆せないものとなった。


大暴れ ON THE RAMPAGE

 第二波が始まると、カイと第5ハスタティはリャオをCCAFに明け渡し、何も言わずどこかに向かっていった。直後、彼はガン・シンに姿を現し、守備隊のツァン・シャオ家を簡単に敗走させた。2週間以内に、カイは第5ハスタティを出発させ、スークに惑星降下してページェット竜機兵団を撃退した。一ヶ月、彼はシェンシで第7CRCをはねのけた。目撃情報によると、カイはどの戦いでもなりふり構わず敵の守りに突っ込み、インフラへのダメージは気にしなかったという。カペラ兵を執拗に追いかけた彼の後には破壊されたインフラが残されていた。CCAFを各星系から追い出した後、カイと第5ハスタティは、再び目的地を告げずに出発した。

 1年近くに渡って、共和国の惑星を飛び回ったあと、バートン・ダヴィオンはニューアラゴンでようやくカイを捕まえることができた。長時間話し合ったにもかかわらず、バートンは地球に戻るよう言い含めることができなかった。ニューアラゴンの戦いで、第5ハスタティは第4タウケチ・レンジャー部隊を惑星から追い出し、バートンはイエン=ロー=ワンを操るカイの神業を直に目撃した。戦闘後、バートンは父に対し、カイの邪魔をするより、引き下がっていたほうがいいとのメッセージを送った。それからバートンは戦術アドバイザーとして公式に第5ハスタティに同行し、カイの効果的だが無謀な戦闘行動が民間に被害を与えないようにした。

 カイの大暴れを耳にすると、ダオシェンは数個武家戦士団と予備兵を前線近くに動かした。ダオシェンは、差し迫る従兄弟の怒りを恐れているのだと批判する者もいれば、大連邦国の利益のために行動しただけだとする者もいた。


石を投じる THROWING STONES

 カペラ宙域でカイと戦う準備に集中していたことから、ダオシェンの最高のアドバイザーたちでさえも、ストーン・プライドが3112年8月に大連邦国の世界ファクトに到達することは読めなかった。2週間以内に、コーリー、ウランバートル、キーモイもまた、ストーン旅団の他の連隊による攻撃にさらされた。キーモイでは、RAFの兵士たちにはおなじみの黒いアトラスII(顔に白い骸骨の塗装)の存在を示す報告がいくつか確認されている。当初、デヴリン・ストーン総統の専用バトルメックが目撃されているのは、CCAFの士気をくじくための工作だと思われていたが、すぐに否定されることとなる。聖騎士や騎士の側近たちと共に、デヴリン・ストーンその人が、大連邦国への逆襲侵攻を率いていたのだ。

 10月、ストーン旅団の4個連隊が強引に上陸するまでに、ダオシェンにはサーナの基地を脱出するだけの充分な時間がなかった。緒戦が敗走に変わることを妨げたのは、予備兵力を持ってきた彼の先見の明である。共和区知事近衛隊と第1聖アイヴス・イェニチェリがサーナ防衛の大半をなしており、武家ルー・サン(ダオシェン個人がヴィクトリア戦争後に再生した)は、ダオシェンのボディガードの役割を果たした。数日間以内に、この惑星が失われることは明白となった。イェニチェリは重い損害を出し、共和区知事近衛隊はほとんどの交戦で数的不利に陥った。ダオシェンが脱出のためテンゴ航空宇宙工場施設群に向かうと、ストーン・ラメントが施設に突撃を仕掛け、ストーン・リベレーターズが側面から突撃した。ルー・サン家の武人たちが二方面強襲に対し足止めを行ったが、全力での奮闘の中で押しつぶされるのは避けられなかった。リベレーターズに包囲され、ダオシェンのユー・ホアンは腕を失い、足を引きずった。リベレーターズの指揮官、ジェローム・エドワーズは降伏を求めたが、ダオシェンは応答せず、ゆっくりと逃げ続けた。そのとき、イマーラ家(サン=ツーが直々にサーナ防衛の支援を命令した)が、ダオシェンの近くに戦闘降下を行い、彼の前に戦列を組んだ。イマーラの武人たちはRAFを押し戻し、ダオシェンが降下船に到達することを可能とした。それから、イマーラ家は戦闘退却を行い、ダオシェンに続いて惑星を脱した。ダオシェンを守るのに失敗したことから、ダオシェンはルー・サン家を永久にCCAFの名簿から外すように命じた。

 共和国によるカペラ大連邦国宙域への逆襲と、サーナ奪取(コードネーム、マグナス作戦)は成功した……カペラの士気をくじき、惑星リャオをさらに孤立させ、大連邦国の進撃を停止させたのである。


伝説墜つ…… LEGENDS FALL…

 サーナが失われると、ダオシェンはカイが大連邦国の中枢に進んでくるのを止めるのに目を向けることとなった。戦略会議本部は、カイの次のターゲットがウェイであると予測し、よってダオシェンは兵士を他の前線から引き抜いて、カマタ家、第5、第6CRC、第4MACが従兄弟を待ち構えた。カイと第5ハスタティはスケジュール通りに到着したが、ストーン・ラメントも一緒であった。ストーン旅団の残りは、カペラの報復に備えて、サーナに残していた。

 熾烈な戦闘が続き、大連邦国の部隊は損害の矢面に立たされた。カイの大活躍に恐れをなしていたカペラ兵は、再結集のためヴァダニス・シティに退却し、RAFが市街戦を潔しとしないのを利用した。第5ハスタティが第6CRCと第4MACをたたき出そうとしていたそのとき、カペラの空爆がカイとバートンの陣地に迫った。この爆撃でバートンの遍歴騎士メック小隊が半壊したが、バートンはカイから目を離すのを拒否した。カマタ家のヘッドハンティング1個メック小隊が、混乱の中でイエン=ロー=ワンを倒そうとしたが、バートンと麾下のメック小隊はカイが脱出するまで武家のメックを押しとどめた。「バートンの最期」と名付けられたこの戦いにおいて、バートン・ダヴィオンは、単独でカマタ家のメック3機を排除した。バートンのオリオンIICが間接砲の砲撃で引き裂かれたのはその後だった。バートンの死に怒り狂ったカイと第5ハスタティは残ったカペラ兵をたたきのめし、その過程で超高層ビル数棟を破壊した。ストーン・ラメントがそれからカペラ軍の残りを撤退させた。

 この時点までに、カイの異常な精神状態は最悪なまでに退行してしまった。兵士たちはすでに彼を恐れていた……ぞっとするような戦場での戦果だけでなく、露骨に周りの人間の安全を無視することに。バートンはカイの怒りを和らげていたが、バートンが殺された後、カイはどれだけ多くのカペラ人を殺せるかについてだけ話すようになったのだ。時折、カイはバートンと話していると言い張ったり、カペラがヴィクターを殺したと口にした……ヴィクターは地球でRAFの動きを指示していたというのに。いくつかの情報によると、デヴリン・ストーン自身がカイに復讐をやめさせようとしたのだが、カイは拒絶して共和国宙域に残った。娘とバートン・ダヴィオンの命を奪ったカペラ大連邦国に借りを返すため、カイは大連邦国まで戦争を持っていくと決意していたのだ。短時間の修理の後、彼は生き残った兵士たちをかき集め、カペラ国境をジャンプで越えた。

 サハリンではすでに紅色槍機兵隊とデスコマンドがカイの到着を待ち構えていた。ダオシェンはクーイェン・ツェン・ネイ准将にひとつの命令を与えた……いかなる犠牲を払っても、カイ・アラード=リャオを押しとどめよ。

 3113年1月14日、両軍は、ベッドラム・バロー、大規模な採鉱で作られた幅の広い谷(ツンドラで埋まってる)で遭遇した。紅色槍機兵隊が前衛を務め、デスコマンドがカイを開けたところにつり出そうとした。第5ハスタティのメック戦士数名がカイを守って犠牲になったが、娘を殺した者たちに直面するため、カイは護衛たちを置いて前進した。

 通信を切ったカイは、イエン=ロー=ワンを単機で戦闘に突っ込ませた。デスコマンドの1個中隊が交戦に動いたが、カイは手術のような正確さで1機ずつ敵を切り刻み、揺らぐことがなかった。目撃者によると、カイの戦いぶりは、これまでに見たことがないもので、何らかの神秘的な力がデスコマンドを寄せ付けないかのようだった。1機、また1機と、デスコマンドのメックはカイの手にかかって撃墜されていった……ミサイルの流れ弾が、イエン=ロー=ワンのコクピットを叩き、この伝説的なメックを破壊するまでは。そのときまでに、カイはカペラで最高の兵士たち1個中隊をほとんど壊滅させており、いまだ立っているのは重い損傷を負ったデスコマンドのメック3機だけだった。

 全銀河で最も偉大なメック戦士が倒れたのを見て、戦闘は膠着状態となった。またもリーダーを失った第5ハスタティは、新たな強襲を始めたが、その怒りでは大連邦国のエリートを押し戻すには不十分だったのである。だが、崩壊した第5が退却する前に、ストーン・ラメントが上陸した――カイを救うには遅すぎた。ストーン自身に率いられたラメントは、紅色槍機兵隊を引き裂いた。だが、ダオシェンに与えられた任務を全うしたデスコマンドと紅色槍機兵隊は、ストーン・ラメントに殲滅される前に退却したのだった。

 カイの遺産に対する敬意の証として、クーイェン・ツェン・ネイ准将と生き残ったデスコマンドは、イエン=ロー=ワンを回収せず、倒れたその場に残していくことを選んだ。搭載されたビーコンにより、RAFは機体を容易に発見し、取り戻すことができたのだった。


…神の誕生 ...GODS ASCEND

 3113年2月が終わっても、大連邦国はいまだマグナス作戦の衝撃から抜け切れていなかった。CCAFは主要展開地点であるサーナを失い、大連邦国の手にあるスフィア共和国の世界は、敵戦線の後方にあり、補給が尽きていた。バートン・ダヴィオンとカイ・アラード=リャオの死は、サン=ツーが望んでいたような士気向上の助けとはならず、30年を費やして準備したこの戦争は失敗の瀬戸際にあった。流れを変えるため、カペラは兵士たちを駆り立てるような決定的勝利を必要としていた。

 この数年間、サン=ツーは自分が余命幾ばくもないことを知っていた。主治医が多臓器不全まであと数ヶ月と伝えたとき、彼は残った時間を利用することを選んだ。

 歴史の記述が異なるのはここである。カペラの公式な表明では、サン=ツーは和平交渉のために共和国へと赴き、随行員たちが惑星リャオにたどりついところで攻撃を受けたということになっている。この出来事のもっとありえそうな解釈は、サン=ツーが最も忠実な紅色槍機兵隊とデスコマンドを編成し、深襲撃部隊を率いて、戦争を始まったところまで戻そうとしたということである。惑星リャオでは、包囲されたカペラ兵たちがいまだ負け戦を続けていた。そうする中で、サン=ツーは直々に部下たちを率いて、膠着を終わらせるような士気向上をもたらすことを望んでいた。

 サン=ツーの移動から目をそらすために、ダオシェンは歴史家たちが「武家攻勢」と名付けた攻撃に着手した。ゴールデン・ディスティニー作戦とコードネームがつけられたこのハイリスクな攻勢は、残った武家戦士団を戦闘に投入するものであった。2週間以内に、ヒリツ家、ダイ=ダ=チ家、イマーラ家が、ファクト、コーリー、ウランバートルを、RAFの守備隊から奪還した。武家の戦術的展開と、カペラ兵がサーナ共和区でサーベルを鳴らしたことは、CCAFがサーナ奪還のため激しい攻勢を始める兆候を示していた。

 無人星系を旅することで、首相と兵士たちは秘密裏にリャオ上陸を果たした。弱体化したダイナスティ近衛隊の生き残りに再補給した後で、紅色槍機兵隊とデスコマンドは、チャンアン外部の第9ハスタティの野営地に夜明けの強襲を仕掛けた。第9ハスタティの兵士たちの多くは、都市再建を支援している最中であり、窮地に立たされた……攻撃が発生した際、外にいたのである。アマテラス(ドラコ連合の血を受け継ぐRAFのエリート連隊)の1個中隊が都市の外辺部をパトロール中であり、カペラが第9ハスタティを潰走させるのを阻止した。当初は数で勝っていたのだが、紅色槍機兵隊とダイナスティ近衛隊はアマテラスの粘り強さと、第9ハスタティの防衛機動に揺らぎ始めた。夜明けまでに、この戦いはキャバリー川から、チャンアン東部の境界に場所を移し、数千の見物人が集まって戦闘を目にすることとなった。

 その夜明け、空は曇っていた。戦場の上空から、1機のエンペラー(輝く金メッキ処理がされていた)が、雲の上から降下し、武器が火を噴いた。目撃談によると、エンペラーの装甲板が日の出にきらめき、このメックをまるで神のごとくしていたという。飛び交うレーザーやミサイルの爆炎は、このメックの磨かれた装甲をさらに輝かせるのみであった。

 夜明けの光の中で、共和国兵とカペラ兵は共に立ち止まって、メックが降り立つのを目撃した。数秒の静寂の後、エンペラーのパイロットは、戦場に一般回線で送信を行った。「この世界はカペラ人民のものだ、諸君!」。このパイロットこそサン=ツー・リャオであると、アマテラスの指揮官、ラシェル・ミカヅキ少佐が確認したとき、混沌が巻き起こった。カペラ兵はサン=ツーが姿を表す計画を知っていたが、紅色槍機兵隊の護衛たちでさえも、彼が心に何を秘めているのか知ることはなかったのである。リャオ首相の予期せぬ到着により、紅色槍機兵隊の指揮中隊は戦闘を放棄し、首相を守る壁になろうとしたが、彼は離れるように命令した。単独で、カペラ大連邦国の首相は、アマテラスと第9ハスタティに突っ込んだ。エンペラーの火力によって、注意散漫な軽量級メック数機を倒すことができたが、彼は操縦の達人ではなく、アマテラスは容易にサン=ツーのメックを行動不能にして見せた。首相が負かされたのを目撃して、紅色槍機兵隊は激怒し、RAFを退却に追い込み、ダイナスティ近衛隊1個中隊が落伍者を追い詰めていった。

 リャオに広まった噂によると、サン=ツーのメックは戦後回収された際に空っぽであり、最後の瞬間、彼は神格に昇華したのだという。こういった話を否定する努力はなされなかった。降臨から敗北に至るサン=ツー事件全体のバトルROMとニュースカメラ映像は、数ヶ月後、リャオとその他の世界を駆け巡り、カペラ人民のあいだで最後の瞬間の伝説が成長し続けているのである。



常軌を逸する BEYOND THE PALE

 クルセイドにおける最もセンセーショナルな陰謀論は、サン=ツー・リャオが消えたことに対するものである。彼がリャオで「神格化した」とのニュースが中心領域を席巻して以来、カペラ大連邦国の外で推測が横行している。カペラ国民に聞けば、サン=ツー元首相は「神々の正しい座に納まった」と語ってくれることだろう。しかし、3113年3月8日の運命的な朝、なにが本当に起きたのだろうか? サン=ツーは本当に神格となったのか、それともカペラ人民が嘘をついているのか?

 合理的な思考をするとなれば、サン=ツーは、戦場で普通の死に方をしたということになる。最も一般的な説は、マスキロフカの工作員チームがバトルアーマー歩兵に化けてサン=ツーをメックの残骸から慎重に引っ張り出し、ハッチを閉めて、死体をどこかにやったというものである。よって、リャオ首相に狂信的な紅色槍機兵隊が後に空のコクピットを「発見する」という算段だ。この説に反対する者たちは、そういったシーンを納めたバトルROM映像がないと主張する。たとえアダプティブ・カモフラージュであったとしても、黄金のエンペラーのアクセスハッチを開け閉めするのを隠すことはできない。

 別の説によると、サン=ツーは死体を焼くために、焼却装置をコクピットで使った(自身でスイッチを入れたか、遠隔操作か)かもしれないとされている。当然ながら、コクピットのビデオ映像に灰や炭素の痕跡が残ってないことから、このアイディアはあまり相手にされていない。より、説得力があるのは、サン=ツーがバトルメックに乗ってすらいなかったというものである。このエンペラーは遠隔操作されていたか、首相以外のだれかが操縦していたとされており、いずれも支持者がいる。遠隔操縦に反対する意見としては、そのような技術存在しないというものがある……パイロットなしでは、メックのジャイロにデータを送れない。別のパイロットが操縦していたという説に対しては、映像を見る限りパイロット(サン=ツーにせよだれにせよ)がカメラに収まることなしに脱出はできないというものがある。

 ――『陰謀論: カペラ・クルセイド』ゴールデンスター・エンターテインメント、3115年



新たな信念、新たな戦争 RENEWED FAITH, RENEWED WAR

 ゴールデン・ディスティニー作戦の目的はふたつあった。ひとつは、孤立した惑星リャオを突破することである。これは、サン=ツーの犠牲によって達成された。ダオシェン自身が二番目の目標を監督した。それは戦争開始前に大連邦国の領土だった世界から外国の軍隊をすべてはじき出すことである。リャオでの戦いはCCAF有利で進んでいた一方、ゴールデン・ディスティニー作戦の第二段階は、カペラ大連邦国領内にある共和国最大の足場、サーナを奪うことであった。

 マスキロフカの情報によると、ストーン旅団の3個連隊だけが惑星上にいるとされていた(ストーン・ラメントは他の前線に移っていた)。この戦役に対し、いまや大連邦国の首相となったダオシェンは、一部修理された2個連隊と4個武家戦士団の戦力を招集した。惑星カペラを準備拠点として使ったCCAF兵は、3113年4月16日、サーナ星系のパイレーツポイントにジャンプした。兵士を鼓舞するストーンがいないことから、リベレーターズの指揮官ジェローム・エドワーズ大佐が活を入れた。

 サン=ツーの惑星リャオでの「神聖なる」勝利から興奮冷めやらぬカペラ人は、ラージプートの街の外にストーン旅団が作った防壁と火砲基地を急襲した。戦力がサーナ戦前の半数以上程度だったにもかかわらず、共和区知事近衛隊はこの戦争でかつて見られなかった勢いで戦った。文章化されたいくつかの戦いにおいて、近衛隊はストーンズ・レヴナントの中隊を火力によってひるませ、完全な退却に追い込んだという。ヒリツ家は、レヴナントの補給庫、兵舎を強襲し、傷口に塩を塗ることになった。

 最初の一週間が終わるまでに、カペラの空爆によってエドワード大佐の前進作戦基地が破壊され、エドワードと旅団幕僚の大半が殺された。生存者の一人であったダミアン・レッドバーン少佐が連隊の指揮をとり、惑星の防衛を調整した。

 ストーン・プライドは、第6CRCをマディヤ高地での鬼ごっこに追い込んだ……プライドは空中偵察の面で優位を持っていたからだ。数日間、第6は限界まで追い詰められたが、ストーン・プライドは自分たちが追われる側になっていることに気がついた――ダイ=ダ=チ家によって。優秀であるべしという信条に従って、ダイ=ダ=チ家の武人たちは、プライドのメックを一度に一機ずつ狙い撃っていった。これによって、第6は退却し、有効な陣地につくことができた。ストーン・プライドは降下船にまで後退して、守りを固めた。

 ストーン・リベレーターズは、RAF戦力で最も善戦した。レッドバーン名誉大佐を冠に抱いたこの連隊は、イマーラ家、カマタ家と対決した。ラージプート近くの衝突はすぐさま膠着状態に陥り、それからどちらも微動だにしなかった。RAF軍事情報部からの情報によって、サーナにダオシェンがいると判明し、レッドバーンは状況を打破するためにこの情報を活用しようとした。情報によると、ダオシェンは前年のサーナにおけるル=サン家の失敗から学んで、降下船のすぐ近くに作戦基地を置いているとのことだった。レッドバーンは、ダオシェンの位置を確かめて、駆り立てるために、リベレーターズの1個中隊を送った。その後の戦いでリベレーターズ中隊は完全に殲滅された……ダイ=ダ=チ家と共和区知事近衛隊が隠れていたのである。後の分析によると、DMIの得た情報は、マスキロフカが注意深く操作したものであったことが明らかになった。ダオシェンはサーナにすらいなかったのだ。ダオシェンは、サーナ解放を監督することなく、父の「昇華」から生じた問題に対処するため、秘密裏にシーアンへと戻ったのだ。

 5月後半、ストーン・プライドとストーン・レヴナントは共和国宙域に引き返し、リベレーターズをサーナに残された最後のRAF連隊として残していった。レッドバーンは、無秩序な退却はせずに、ラージプートで守りを固めた。CCAFは強力な攻勢に出たが、疲れを見せ始めており、レッドバーンはそれを利用することを望んだ。しかし、2週間以内に、レッドバーンは聖騎士評議会から直接、共和国に戻る命令を受けた。直後にレッドバーンはシルバークラスター勲章を授与され、サーナ戦役でのたゆまぬ尽力からストーンは彼を共和国騎士のパラディンとした。



謳われぬ英雄たち UNSUNG HEROES

 32世紀において見過ごされがちなRAFの一面は、3107年に始まった特殊作戦コマンドプログラム、共和国特殊偵察隊である。聖騎士アリス・ルーセ=マーリックの発案であるこのタイパン計画は、敵の戦線後方で長時間補給なしに活動する小部隊を訓練するものであった。タイパン部隊は、比較的目立たずに敵の領域を移動できるバトルアーマー分隊とIFVに支援された歩兵小隊からなる。

 3111年、カペラ・クルセイドで、RAFの新大将エリヤ・ホープウェルは、このプログラムの有用性をテストする最初のチャンスを得た。カペラ大連邦国の共和国侵攻における最初の数波の直後、ホープウェルは敵戦線後方の重要な世界に特殊偵察隊を派遣した。

 最初に配備されたのはスークで、敵の作戦を妨害するように指示を受けていた。数週間にわたって、特殊偵察隊はページェット竜機兵団を窮地に陥れるのに成功した。イヴリン・マサムラ少佐の指揮下で、偵察部隊は補給車列、軍人検問、パトロール、そのほかの偶然遭遇した目標、タオ・メックワークスの着服された出荷品を叩いた。ストーン・リベレーターズが3112年の前半に到着したとき、ページェット竜機兵団はいい加減になり、影で姿を消し、従って部隊の有効性を制限されていた。

 3112年の後半、特殊偵察隊は共和国の戦前の国境沿いにある戦略的な難所、ウェイに再配備された。RAFの情報部は、ここに大規模な戦力があると予想していた……なぜなら、カペラ軍は伝説的なメック戦士、カイ・アラード=リャオの進撃を止めようとしていたからだ。特殊偵察隊は戦いが始まる前に戦場で準備する予定であった。偵察隊が到着したとき、惑星上にはすでにCCAF2個連隊と1個武家戦士団がおり、偵察隊の作戦を妨害するため力を合わせた。この任務中、各分隊はスークよりもより防衛的な交戦を行い、大きな損害を出す結果になった。だが、偵察隊が引き上げる前に、2個分隊が第4マッカロン装甲機兵団に所属する降下船1隻を航行不能とした。RAFの正規連隊が惑星に到着するまで、第4マッカロンの機動力のうちかなりの部分が盗み取られたのだった。

 小さい効果と、ウェイで被った大損害にもかかわらず、ホープウェル大将はタイパン計画を成功と宣言した。特殊作戦コマンドは即座にそのほかのタイパン部隊の創設を承認した。

 ――『フォートレスの創設: 共和国装甲軍全史』より、NAMAプレス、3140年刊行



リャオのくさび THE LIAO LINCHPIN

 サン=ツーが戦場で敗北した後、惑星リャオのカペラ兵たちは、長い戦役においても、これまでになかった姿勢で戦った。ダイナスティ近衛隊と紅色槍機兵隊の中隊が一度に数日間戦場に残り、数キロメートルのところにいる共和国軍を追いかけることができた場合は再補給を避けた。カペラは首相の敗北の復讐をしようとして装備を劣化させ、補給線は伸びに伸びた。CCAFのメックや車両は、弾倉を空にしたまま作戦するのを余儀なくされることがよくあったのだ。従って、全体的な戦闘能力は低下した。

 しかしながら、カペラ人の頑固な粘り強さは大いに報われたのである。4月が終わるまでに、紅色槍機兵隊は第9ハスタティの第2大隊をデュ=ジン山脈の南にまで押し込み、輪の中に閉じ込めた。ここから脱出できた共和国の兵士はほとんどいなかった。さらに、ダイナスティ近衛隊の分隊は、ハン・リー軍事基地と、沿岸都市のデスとデュアンを占領した。装備の摩耗に無頓着となった大連邦国兵士は、強みを利用し続けた。

 3113年5月前半、ストーン・ラメントが予期せずリャオに上陸した。RAFの強大な戦力がカペラの防衛を包囲し、少しずつ風景を覆い、カペラを混乱に追いやった。ストーン・ラメント、アマテラス、第9ハスタティの生き残りが共にダイナスティ近衛隊と紅色槍機兵隊を撃退した……これら勝利の多くがカペラの装備不良と結果として生じた戦闘損失に起因するものである。月末までに、ぼろぼろになった大連邦国の残存兵力は後退して、チャンアンの廃墟に避難した。この都市こそが、2年前にリャオ(カペラ・クルセイドの軍事的・政治的目標)をかけた戦いが始まったところだった。紅色槍機兵隊、ダイナスティ近衛隊、デスコマンドが最後の戦いに備えて立てこもったが、それは起きなかった。

 6月2日、リャオのカペラ指揮官たちは、デヴリン・ストーンとダオシェン・リャオがサーナ休戦に調印したと知らされたのである。ダオシェンはさらに戦争を続けたかったのだが、この戦い(特にリャオ)で被ったCCAFの損失は、戦争が続いたら国家の防衛能力を崩壊させるだけだと、戦略調整官からなる評議会はダオシェンに納得させたのである。

 この戦役の成果に激怒したダオシェンは、いつの日か共和国に復讐を果たすと誓った……この戦いは中心領域全体に彼が馬鹿者であるかのように見せたのである。ダオシェンは戦争の失敗を兵士たちの能力ではなく、母親のナオミが戦争の直前に統一政体の軍事的な支援を奪ったことに帰した。三度目のスフィア共和国侵攻のため、CCAFの再建とMAFの支援を得るには、この先20年間かかることになる。




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